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大久保智己さんのこと <追記>

今日、テレビドラマの監督 大久保智己さんのお通夜に行ってきました。

彼とはまだお互い大学生の頃、東京学生映画祭というイベントの実行委員として
青山学院大学映画研究会の 大久保さんと 早稲田大学映画研究会の私という
立場で知り合いました。

彼は一年上の先輩で、本当に色々と教えてもらいました。
とてもオシャレで、人当たりが良くて 優しくて 忍耐強い
本当に私にないものをお持ちの 憧れの先輩でした。

その後 彼はテレバックに入社して テレビドラマの世界で活躍します。

私はカノックスでしたから ある意味兄弟会社みたいなところもあり
良く一ツ木通りでお会いしたものですが
そのたびに にこやかに話しかけてくださいました。

テレビドラマの世界は、かなり特殊で 非常に互いを削り合うところがあります。
しかし大久保さんは そんな中でも いつでも大学時代の いい意味の青さのある
映画青年の顔を残した演出家さんでした。

私はそうそうに テレビドラマではない場所でディレクターとなり
テレビドラマ村の住人ではなくなってしまいました。
ですから 彼とお仕事で関わることはありませんでした。

今日 ケイファクトリーの仕切りで行われた
お葬式で 数々の弔辞を聞いていると やはり 皆さん
大久保さんが 忍耐強く 優しい なんでも受け止めれくれる演出家だったと
語っておられて、
大学の頃の私の印象をそのまま お持ちだったんだなあと改めて
感じましたし、
若すぎる、惜しいと 思いました。

一度でいいから社会人として お仕事がしてみたかったです。

今でも目を閉じると
三軒茶屋のやるき茶屋で一緒に飲んだ日のことや、
西早稲田のゲームセンターで 大久保さんと 彼の後輩の加部ちゃんと 私とで
テトリス対戦をして、大久保さんが圧倒的に強かったことや、
クイーンが好きで、「東京学生映画祭」で良く 会場にクイーンの曲をかけていた事などを
昨日のことのように思い出しますが、もう20年も前の話なんですね、先輩。

故人のご冥福をお祈りいたします。


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この記事を書いてから 数日間で
1000人以上の方々が、この記事を読んでくださったようです。

それだけ 大久保さんのお名前を検索する方も
大久保さんの事を惜しむ方も たくさんいらっしゃるということだと思います。

私は実際には彼の 本当に青春時代のひとコマで ご一緒したに過ぎないのかもしれませんが、
とても大切な先輩でしたし
その方が 不幸にして亡くなられたあと
数字で見える形で いろんな方の心の中に居るんだなぁと思うと
微力ながら この日記を書いて良かったなと思います。

今一度 大久保智己先輩のご冥福をお祈りいたします。

平成24年1月2日
by AWAchampion | 2011-12-28 00:16 | テレビ | Comments(0)