「The Artist」を見ました

さてさて、今年の第84回アカデミー賞の作品賞を獲得した
「The Artist」を見てきましたよ!

なんと第1回アカデミー賞作品以来 83年ぶりにサイレント映画が
作品賞を取ったというまさに快挙でしたね!

例によってネタバレしますので、見ていない方は早く逃げて!!














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はい、
ここからは もうこの映画をご覧になった方々だけですね?

第一印象は ほかの方もみんなそうですけど
これしかないですよね。

「企画の勝利」

いやほんと、このアメリカ ハリウッドの サイレントからトーキーへ変わる時の映画という
アメリカ映画界のいわば 心のふるさとみたいな題材を

フランス人の、テレビディレクターさんが、
サイレント映画で、モノクロで 
作り上げた・・・。

これが全てです。
いやほんと よくやりました。 この企画を通したミシェル・アザナヴィシウス監督
トマ・ラングマン プロデューサーの勝利です。

日本の、映画学校出身者ではあるが 一介の映画ファンでしかないディレクターさんでさえ
「やられた!」と思いましたよ。
これは、アメリカの全映画人が 「うわぁぁぁぁぁぁ!」と思ったんじゃないでしょうか?
悔しいはずですよ。悔しくないはずないじゃないですか。

その悔しさを抑えて ちゃんとアカデミー賞を上げるところが
アメリカの映画界の素晴らしいところです。

内容ですが
ストーリーは ヴァレンティンという ヴァレンチノを思わせるラテン系のサイレントムービー俳優が
自分のファンであった ペピ・ミラーという女性を偶然後押しして
スターにするのだが、トーキーの訪れとともに、ヴァレンティンは落ちぶれ、ペピは大スターになる
というお話です。

ストーリー自体は 監督ご本人がオスカー受賞の際
「私は お礼を言いたい映画人が3人いる ビリー・ワイルダー ・・・ビリーワイルダー ビリーワイルダー!」
と言っていたように 本当にビリーワイルダーや
その師匠筋であるエンルスト・ルビッチが好きなんだろうなぁという
素敵な アメリカンジョークに満ち溢れた ウェルメイドの物語で
まさに 日本で言えば水戸黄門を見ているような
安心してみられる流れでした。

そこに演出が、
例えば 撮影所の中で クビになったヴァレンティンと主役になったペピがすれ違うシーンで
チャップリンの映画に出てくるような 3階建ての階段輪切りセットをつくって
見せたり
ヴァレンティンとペペが情を交わしていくシーンを キスシーンなどを直接見せず
犬の表情で見せるなど、とにかく サイレント映画をよく研究したセット&モンタージュで
見せてくるわけですから
そりゃ 嫌いになれるわけないですよね?

すでに多くの方が書いていますが
ペピが 初めてヴァレンティンの楽屋に忍び込み 彼の燕尾服を使って
愛を語るシーンはとても美しいシーンに仕上がっています。
あれをやっただけでも この映画が パロディでなく クラシックを狙った映画だということが
分かりますよね。

監督は もちろん ビリー・ワイルダーとルビッチを多くご覧になったそうですが
他にも 「カリガリ博士」などでお馴染み ムルナウの作品などもご覧になったそうです。

そこはヨーロッパの監督さんですよね。ムルナウ・ワイルダー・ルビッチ みんな ドイツ系の監督さんで
当時 1920年代後半~30年代は ドイツは表現主義真っ盛りでした。

ここがとても重要なのですが もともと 映画の父 セルゲイ・エイゼンシュタインが
1924年に 有名な「モンタージュ理論」を発表します。
これは ハードカバー10冊分の長い理論書ですが 超端折ると
「映像で感情を表現する場合 Cというカットで感情を表現するなら AとBには こういう対立した
カットを持ってくるべきである」という理論です。

有名な話ですが お腹をすいた感情を表現するのに、顔芸で「お腹すいた」とやるよりも
「無表情の顔」+「空のお皿」とカットをつないだほうが より分かりやすい・・・という事です。

このモンタージュ理論は そもそもドイツで起こった表現主義に端を発する「記号論」に
強く影響を受けています。
ですから サイレント映画の黎明期、ソビエト連邦とドイツが その映画表現の先端を
行っていたことは間違いの無い話です。

ソビエト連邦の映画はその後 政治的な色合いを濃くしていきますが
様々な理由でドイツからアメリカに逃れた ドイツ系映画人たちは そこで娯楽作品の中に
どんどん 表現主義的な手法を用いて モノクローム映画を豊かにしていくのです。

そこの所をきちんと踏まえた 良い感じの映画になっていたのも 素晴らしいなぁと思いました。


褒めすぎなので いくつか問題点も

まずは 時間設定ですね。 出会いが 1927年  スタジオから解雇されたのが1929年
やけになってしまったのが1932年というのは あまりに短いのでは?と思いました。
まあ、もちろん「金融恐慌!」というストーリーを挟んでいましたが
もう少しタイムスパンがあっても・・・。
いくらなんでも 3年前の大スターを街の人が覚えていないってことはないでしょ?

次に ヴァレンティンの奥さんの描写がちょっと意味不明です。
どうせなら あの冒頭に出てくる ヒロインが奥さんでも良かったんでは?

最後は オチなんですが、
いやぁ・・・。タップをやるところまでは分かります。
同じ題材の「雨に唄えば」のオチも 「タップをやればいいんだ!」でしたから。

しかし せっかくヴァレンティンの声が最後に聞けるのに
「always pleasure」だけじゃねぇ・・・。 これって 返事ですからね。
ここは ビリーワイルダーをリスペクトして
「No one is perfect」に匹敵するような ピシっと決まった言葉で
終わったほうがよかったですよ。

メル・ブルックスが やはり、パントマイムの神様 マルセル・マルソーを
使って映画を作ったとき それまで一言も話さなかった マルソーが
最後にアップで 「no」と一言だけ言うという映画がありましたが
そこは頑張らないと!!!

まあでも 本当に愛すべき映画だと思いました。

主役の ジャン・デュジャルジャン氏が ずっとジーン・ケリーを意識して演じているのも
微笑ましくてよかったです。
で、オスカー表彰式を見ましたが、ご本人はめっちゃくちゃ フランス訛りの英語で
それはそれで大笑いしました。

実際 イタリア系だったヴァレンティノも、日本人の早川雪舟も 英語が訛っているから
トーキーのスターになれなかったわけで、
最後の一言が バリッバリにフランス訛りでも面白かったかも?です。

あ、あとひとつだけ!
英語の字幕が消えるのが早いっす!!
だって3行が4秒とかよ?それは もっと優しくして!
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by AWAchampion | 2012-04-15 11:46 | 映画・演劇など | Trackback | Comments(0)