囲碁の世界には 7つの大きなタイトルがあります
序列順に書くと

棋聖・名人・本因坊

天元・王座・十段・碁聖

この7つが7大タイトルと呼ばれ
そのうち 上の3つが別格のタイトルとなっています。

そして続けて5連覇 ないし 通算で10期タイトルを保持すると
60歳を超えて「名誉○○」の称号を得ることができます
本因坊の場合は ○○世本因坊 という江戸時代から続く本因坊家の
系譜に名を連ねることができるのです。

名誉称号は現在存命中の方で言うと

小林光一 名誉棋聖・名誉名人・名誉碁聖
趙治勲  二十五世本因坊
石田芳夫 二十四世本因坊
林海峰  名誉天元
大竹英雄 名誉碁聖

(趙治勲は本因坊戦十連覇の功績から、六十歳に満たずに名乗ることを許された)

が保持しています(女流では 二十三歳の謝 名誉女流本因坊 資格保持者が
つい最近誕生しました)

この中では趙治勲さんが最も若いのですが それでも50代後半
それ以降 名誉称号を得る棋士は出てきませんでした。


そして今回の王座戦は
王座4連覇中の 張栩棋聖・王座に 23歳の井山裕太 本因坊・天元・十段・碁聖が
挑むという最高の舞台となっています。

ここで張栩さんが勝てば 久々の「張栩 名誉王座」誕生
井山さんが勝てば 張栩さん以来二人目の「同時5冠保持」になるのです。


そして今回張栩さんの地元 台湾で5番勝負のうちの2局が行われ
なんとアウェイの井山さんが2連勝!

これは!次局が楽しみです!


しかも 井山さんは 今まで 名人を含めた5冠を保持していて
あと張栩さんの持つ 棋聖と王座を取れば 7冠全てにおいて保持経験のある
グランドスラム 達成なのです!

これは 今まで趙治勲・張栩の二人の棋士しか達成していません!

いやぁ楽しみです。
by AWAchampion | 2012-10-28 10:30 | 囲碁界解説 | Trackback | Comments(0)

Frank Nagai Sings Jazz

先日八代亜紀のジャズアルバム「夜のアルバム」を買ったことで
アマゾンが関連CDとして フランク永井の「Frank Nagai Sings Jazz」を
勧めてきました。

そこで買ってみたんですが、これが当たり前ですが素晴らしい!

フランク永井は終戦後流れてきたビング・グロスビーに大きな影響を受けて
進駐軍相手にジャズを歌う歌手になったという経歴の持ち主ですから
いわば 本物の進駐軍ジャズの真髄を聞けたわけです。

いやぁ、スゴイ。

歌のうまさはもちろん別格ですし、英語に全く違和感がありません。
しかも選曲もいい曲ばかり、演奏は前田憲男さんとか、ジョージ川口さんとかが
担当!

一言で言って 本物!

例えば紅白でも 演歌歌手ではない こういうスタンダードナンバーを
ガチで歌える男性の中年歌手が出てもいいとおもうんですよねぇ。

菅原洋一さんが頑張っておられるのと、布施明さんなどがその下の世代になる
訳ですけれど、こういう大人のための都会的な歌 聞きたいですよね?
by AWAchampion | 2012-10-27 20:58 | 歌謡曲考察 | Trackback | Comments(0)

歌謡曲系の小ネタ集

一つで書くには小さすぎるけど、まとめて書けば大きくなるかも?
小ネタ集ですが、今回は歌謡曲系のものをまとめてみました

1)長谷川きよしの衝撃

今日、タワーレコードに行ったら、長谷川きよしフェアーをしていました。
しかし、長谷川きよしといえば70年代にちょっとはやった
盲目のフォークシンガーというイメージしかなく、
私がかれを知ったのは 1980年に発刊された
「ツービートのわっ!毒ガスだ!」の中で、
目が見えない人の例として 長谷川きよしが 
ギャグとして使われていたところでした。

ところが 彼のデビューアルバムを聞いてみたら
これがすごく良い!
彼の最大のヒット曲 「別れのサンバ」も非常に完成度の高い
サンバというかボサノバですし、
ギターのテクニックや澄んだハイトーンの声が
ちょっと 和製ジョアン・ジルベルトの趣がありますね。

いやぁ、聞いてみるもんですねぇ・・・・。

2)河合奈保子のライブDVDが出ますよ!

河合奈保子は松田聖子と同じ1980年デビュー組で
可憐な顔と、爆弾ボディと、確かなボーカル力で
一世を風靡したアイドルです。

しかし今までライブのVHSは6本 出ていたそうですが
DVD化されていなかったそうです。
それが11月にようやく発売される運びとなったそうです。

http://columbia.jp/kawai/

素晴らしい。

彼女の功績はちゃんと後世に残さないといけません。
代表曲というと「けんかをやめて」だったり
するのかもしれませんが、「夏のヒロイン」や
「Smile for me」といった 馬飼野康二 作曲の曲は素晴らしく
ぜひ皆さんにも聞いて欲しいです。

特に「夏のヒロイン」は、アイドルサンバ歌謡の極北ですよ。
今も全然色あせないです。

それこそ今、「アイドル界のtube」を目指しているという
SUPER GiRLSは「夏のヒロイン」をカバーしたらいいのに・・。

3)ミュージック・マガジン 小泉今日子特集

今月号の雑誌「ミュージック・マガジン」は小泉今日子と
82年組アイドル特集です。

もちろん買いました。1982年は私 小学校6年生で
本当にアイドルが大好きな直撃世代でした。

その中でも「素敵なラブリーボーイ」(デビュー2曲目)を歌う
小泉今日子は別格で大好きでした。

いやぁ・・・特に彼女の評価を決定づけた
「なんてったってアイドル」以前の
アーリーキョンキョンファンである私にとって
彼女が吉田豪とのロングインタビューの中で
「私だって聖子さんみたいな さわやかな曲を歌いたかった」と
言っているのを読むと、「そうだよなぁ」と溜飲が下がる思いでした。

今でも彼女の最高傑作は1枚目のアルバム「詩色の時」だと思ってますよ!
貸しレコード屋から借りてきて、家族が寝静まったあと
そ~っとカセットテープにダビングした思い出が蘇ります。

個人的には彼女が師匠久世光彦のドラマに出たとき
私は4番目の助監督としてつく機会がありまして、
そのドラマの打ち上げで、彼女の前で「素敵なラブリーボーイ」を歌ったのが
本当に自分の人生の クライマックス的な思い出です!


4)今こそ岩崎良美の再評価を!

前にも書きましたが、岩崎良美は今では「タッチ」ばかりがクローズアップされますが
元々は80年デビュー組で、ザ・ベストテンの「注目の新人」で松田聖子と一緒に
出てきたアイドルです。

彼女は「VACANCE」「月の浜辺」など、ちょっと落ち着いた
佳曲が多いのです。
ぜひ 彼女が正当に再評価されて欲しいですね。
by AWAchampion | 2012-10-23 21:00 | 歌謡曲考察 | Trackback | Comments(0)

ミュージカル「レ・ミゼラブル」の新演出版の制作が日本でも発表され、
エポニーヌにアイドル声優の平野綾が選ばれたりして話題となりました。

そこでちょっと、旧演出版について小さな疑問があります。

私がレミゼを初めてみたのは1990年前後
その頃 レミゼの演出は「トレヴァー・ナン」だと言われていました。

彼はロイヤル・シェークスピア・カンパニーの芸術監督で
キャメロン・マッキントッシュとは「キャッツ」の演出でも
タッグを組んだ とても有名なイギリスの演出家です。
映画も撮っていて、ロンドンではものすごく有名な
日本で言う蜷川さんみたいな人物です。

ところが、日本版では10年ほど前から
クレジットでは演出は ジョン・ケアード氏が上に来ています。
彼も日本でもベガーズ・オペラをやってりして有名な方なのですが
例え共同演出といっても そうやって序列が変わるということは
トレヴァー・ナンはマッキントッシュと揉めたりしたんでしょうかね?

レミゼにかなり重要な役で出ていた、私の古くからの友人に
聞いてみたところ「いや?演出はジョン・ケアードだよ?」と
言われてしまい、ますます謎は深まります。

私はファンでしかないので、カンパニーの一員がそう言われているということは
公式に序列が変わっているということだとおもいます。
不思議です・・・。何かあったんでしょうか?
by AWAchampion | 2012-10-16 10:03 | 映画・演劇など | Trackback | Comments(0)

宝塚歌劇団で2010年から演じられている「ロミオとジュリエット」は
非常に高い評価を得て、男性のキャストを入れた日本オリジナル版という
公演もされています。

その元となったフランスのミュージカル「ロミオとジュリエット」が渋谷に来たので
見に行ってみました。

このあと大阪にも行くそうなので未見の方は今すぐ逃げてください!
「ロミオとジュリエット」だからネタバレしてもいいのかもしれませんが
見る前に読むコラムではありませんよ!




















というわけで、見に行ってみました。
舞台はイタリア ヴェローナ
対立し合う モンタギュー家とキャピレット家がありました・・・というところから
ストーリーは始まります。
暗い舞台に
いきなり ド~ンというオーケストラヒットが鳴ると、サスが当たり
その中に赤い服を着た一団が一瞬だけ見え
続いて ド~ンという音と共に 今度は青い服を着た一団が見え

その二つの色をまとったダンサーたちが、対立の踊りを踊りだす・・・。
というなかなかスピーディでいい感じの導入でした

セットは背景に 斜めになった回廊があり、その中にいる人たちの服の色によって
モンタギューの屋敷、キャピレットの屋敷とわかるようになっています。
その前に3階建ての円筒形のセットが時折出てきて、例のバルコニーなど
主にジュリエットの屋敷を表現していました。

ストーリーはシェークスピアの原作に基本的には忠実で
その後 ロミオとジュリエットは恋に落ちることになります。

音楽は基本的にはロックテイスト
衣装も、かなり現代風のダンス衣装のようなものを使用していました。

見た印象ですが
とてもスピード感が有り、歌手と踊りのアンサンブルが分かれている事もあり
元々極めて宝塚っぽい構成なんだなぁ・・。と思いました。

が、テイストが全体的にロックミュージカルっぽいのが、私はあんまり好みでは
ありませんでした。
私の父の岡田敬二はことのほかロックミュージカルが好きで「PIPIN」や
「TOMMY」に衝撃を受けたと言っていましたが、私はどうも苦手で・・。

で、見ていて「衣装を、宝塚っぽく丁寧なあつらえにしたり、踊りをもっと
宝塚っぽくソフトにしたりすれば、さぞかし良いんだろうなぁ。」と思いました。

それに、やはり脇役のキャラ設定がとても気になりました。
キャラ設定って言うんでしょうか?脇役が自分のことを語る独唱が所々で
入るんですが、それがことごとく場所が違うような気がするんです。

例えばロミオとジュリエットがパーティで運命的な出会いをして、
世界がピタリと止まった次の瞬間に
いきなりジュリエットに恋をしている粗暴な甥(ウエストサイドで言うティノですね)が
「俺は愛されずに育ったぁぁぁ~~~」みたいな歌を歌ったり、
ジュリエットの乳母が、ロミオに伝言を届けにきて、散々敵の男達に
恥ずかしめを受けてから「私はジュリエットを愛している~~~」と
歌い上げたり、
まさにロミオとジュリエットが天に召された後、
神父さんの「私は神父として~~~~」みたいな歌が入るんです。

つまり事件が起きた後、脇役の独白が入るんですけど
逆ですよね?事件が起きる前に脇役の独白が入らないと、
メインストーリーの流れが止まるし、メインストーリーに深みを与える
こともできません。

私は小池修一郎さんが脚色された宝塚版も日本オリジナル版も見てませんが
パンフレットによると、そのへんのことをガッツリ直されたそうです。
わかります。このままだとちょっと構成がおかしいですからね。

それから、小さなことですがカーテンコールで4曲歌うんですけど
多すぎ!
それにノリはいいけど「この世は争いの地獄さ!」みたいな歌を
カーテンコールで歌うのはどうかと思いますよ?
愛は永久にって感じの歌を一曲歌って終わりというのが
普通ではないでしょうか?

聞くところによると 初演は10年前で当時は
レダという方が、演出と振り付けを担当されたようですが
今は多分あまりイイ関係ではないらしく、クレジットが外され
「演出:合議制」と書いてあり、その経緯が説明されていました。

役者とか音楽家がきもちいいけど、演出としては手綱が外れてるって
状態は旅公演などで結構どの劇団でもあることです。
なんとなくそういう状態を思い浮かべました。

これは小池さんの日本版をぜひ見ないといけないです。
相当ガッツリ直したみたいですからね・・・。
by AWAchampion | 2012-10-12 08:23 | 映画・演劇など | Trackback | Comments(0)

八代亜紀が、ピチカートファイヴの小西康陽プロデュースで
本格的なジャズカバーアルバムを出しました
「夜のアルバム」というタイトルで、昨日私のうちにもアマゾンの密林から
送られてきましたよ。

中身はこんな感じです。



ほかにも
♬サマータイム
♬枯葉
♬虹の彼方に
♬ジャニー・ギター
♬クライ・ミー・ア・リヴァー

などのジャズナンバーやら

♬私は泣いています
♬ただそれだけのこと

などの日本の昔の歌謡曲がジャズっぽくアレンジされていたりします。

中でも 五木の子守唄がいつのまにか いそしぎになるアレンジは良かったですよ。

小西さんといえば、とてもポップなアレンジャーのイメージがありますが
今回は「抑えすぎでは?」と思うほど抑えて
八代亜紀のハスキーボイスを活かそうとしています。

八代亜紀自身、デビュー当時はグランドキャバレー・クラブ歌手として
活動していて、当時の流行歌であるジャズナンバーも
随分歌ったそうで、付け焼刃という感じでは全くなく、
とても楽しげに歌っています。

それでいて、ところどころ 「肴は炙ったイカで良い」感じが出ていて
おしゃれ一辺倒でない 良いアルバムだと思いました。

小西さんも抑えたアレンジ、八代さんも「重すぎず」歌っているので
八代亜紀という歌手から想像される、濃厚すぎる糸を引くような
感じではないのが印象的なアルバムになっています。
まあ、好みとしては もうちょいソウルフルなナンバーを一曲ぐらい
入れても面白かったかな?とは思いましたけどね。

ところで、買ったら中に握手会のチケットが入っていました。
いやぁ・・・今はこの手のCDにも握手会のチケットが入るんですね。
大変な時代です。
by AWAchampion | 2012-10-11 08:04 | 歌謡曲考察 | Trackback | Comments(0)

オルフェーブルの凱旋門賞での活躍を見て、
テンポイントの事を思い出したコラムを書きましたが、そのうちに
色々と思い出してきました。

私は今は全然競馬を観ませんが、逆に実家にいた頃は
父親が無類の競馬狂であったこともあり、よくテレビで中継を見ていました。

1980年代の競馬界は日本経済自体が上げ潮だったこともあり
とても面白いことがたくさんありましたよね?


その中から、個性的なサラブレッドの話を二つ・・・

1)ミスターシービー

この馬は、1983年に セントライト・シンザン以来の 
クラシック三冠馬(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を勝利した
名馬です。
父は トウショウボーイ・・・そう!あのテンポイントの終生のライバルです。

この馬は面白いレースをする馬でした。
とにかくゲートが空いたら絶対に群れの一番後ろにつくのです。
そしてずっと機会を伺い、第四コーナー前でするすると馬群を割って出てきて
直線で一気にごぼう抜きするという、究極の差し馬でした。

とにかく一番後ろから一気に抜くわけですから
どのレースもとにかく「ミスターシービーは先頭に追いつくのか?」という
ハラハラドキドキの展開で、本当に記憶に残る馬でした。

そこでこんな話を聞いたことがあります。
ミスターシービーは元来 とても気が弱いんだそうです。
内気でシャイで、とくに人より目立ったことが好きじゃない、あまり競走馬には
向いていないタイプだったそうです。

ただ、能力自体はピカイチのダッシュ力・・・。

だから、レースの終盤まで一番後ろにいたのは、体力温存というよりも
彼の性格上の問題だったようで、シャイな馬を一位にするための方法だったそうです。
なんか、みなさんの周りにもそう言う人いませんか?


2)オグリキャップ

言わずと知れた超人気馬です。
この馬は元々 笠松競馬場というとても小さな地方の競馬場出身です。
それがあれよあれよという間に、勝ち進んで中央でG1をいくつも勝利した
雑草魂の馬です。

実際血統のスポーツと言われる競馬ですが
オグリキャップは駄馬もいいところの血統なんだそうです。
ただ、どんな動物でもそうですが、近親交配を続けていると
ひ弱な子供が生まれます。
その中にあって、傍流の出だったオグリキャップはとにかく強靭な肉体の
持ち主だったそうです。

で、オグリキャップといえば忘れられないのが
1989年のジャパンカップです。

この前の年にオグリは大ブレイクをしました。
そして1989年になって オグリを笠松時代から所有していたオーナー企業が
経営不振となり、夏場に所有権が新しいオーナーに
移動されました。

しかし既に日本一のスターホースとなったオグリはやはり高額で
新オーナーは、競走馬としてはキャリアの後半に差し掛かったオグリから
ドンドン金を稼ごうと、秋だけでジャパンカップを含めて6戦という
通常の競走馬の3倍のペースでレースに出走させました。

しかも基本的に長距離ランナーのオグリに、
スプリントレースのマイルチャンピオンシップに
出場させ、疲労困憊にさせた翌週の、国際G1出走でした。


ジャパンカップの数日前、長距離移動を終えて東京競馬場へ入ってきたオグリは、
さすがに疲れていて 厩舎でもカイバおけを前に食欲も出ず、ため息をついていたそうです。

厩務員さんも「そりゃそうだよなぁ・・」と彼の体を撫でながらお世話をしてたそうです

と、その時・・・

急にオグリが ん! 鼻息を立てて顔を上げました。

「な?なんだ?」

と厩務員さんが驚いてその視線の先を見ると・・・

そこに歩いていたのニュージーランド娘のホーリックスだったそうです。

そう!
彼はあんまりいい女がやってきたので、疲れも忘れて見入ってしまったそうなのです。

それがこのレースにつながったそうです。



これは、いい女を必死で追いかけてたら
世界レコードが出ちゃった・・・・というレースだったという都市伝説が残っています。

ホントだったら面白いですよね。
by AWAchampion | 2012-10-08 03:22 | 懐かしいもの | Trackback | Comments(0)

凱旋門賞に思いを馳せる

昨日深夜 フランスのロンシャン競馬場で、世界最高峰の国際G1レース
「凱旋門賞」が行われましたね

日本からはオルフェーブル他が出走しました。
そして結果は 3コーナーを超えて直線でオルフェーブルが後方から
スルスルと抜け出し、最後の10mまで1着でしたが、惜しくもゴール前で差されてしまいました。

日本競馬界の悲願はまたしても手の中からするりと落ちてしまいました。
以前 エルコンドルパサーなどが2着になってこともありましたし、
なにより、史上最強馬の呼び声高い ディープインパクトが全盛期に
勝負をして3着だった(その後失格)という事を考えても、
日本の三冠馬クラスの馬は、今やちゃんと勝負になるんですね。
なんだか感慨深いです。

そこで凱旋門賞を見ていて古いことを思い出しました。

それは私が愛してやまない 悲劇の名馬テンポイントの物語です。
テンポイントはライバルの天馬トウショウボーイとの2年間にわたる死闘を続け、
1977年の有馬記念で 2500mをはじめから最後まで2頭の一騎打ちで勝負したという
前代未聞の、世紀のマッチレースの末 ライバルを下し、
5歳(現在の4歳)にして国内最強馬となりました。



オーナーは「凱旋門賞に出走させる」と表明。当時凱旋門賞は今よりももっともっと
遠い存在で、ジャパンカップ創設前でしたので、本当に国際レースに日本馬が
出るなんてレア中のレアだったのです。

しかもテンポイントは当時国内では格下に見られていた
関西馬。当時は栗東のトレーニングセンターにウッドチップも坂路もない時代です
関西の馬はそもそも国内で、関東馬に勝てないと言われた時代でした、

(関西テレビの杉本アナがテンポイントの新馬戦で
「見てくれこの末脚!これが関西の期待 テンポイントだ!」と
叫んだというのは有名な話です。)

でも、奇跡の名馬 流星の貴公子テンポイントなら
なんとなる・・・・そんな期待がしていました。

そしてその壮行試合として 日経新春杯に出走したのです。
すでに国内では敵なし。そこでハンデも重くなり、なんと67.5キロという
考えられない斤量での出走となりました。
(ちなみに今回の凱旋門賞は59キロですからね)

その日は小雪が降っていました。

そのあとのことは・・・ご存知の方はご存知でしょう。
寺山修司は「明日朝が来たら」という詩を彼に捧げています。

私は「凱旋門賞」と聞くと あの小雪舞う京都競馬場で散った流星の姿が
今でもありありと浮かんで来るのです。
by AWAchampion | 2012-10-08 00:36 | 懐かしいもの | Trackback | Comments(0)