俳優としても大活躍していた ピエール瀧氏が
コカインを使用していたとして逮捕されて
彼のバンド 電気グルーヴのCDも出荷停止になっているみたいです。

今40代から50代にかけての人にとって電気グルーブの蹉跌は
とても寂しい事だと思います

彼ら、石野卓球とピエール瀧がメディアに現れ始めたのは
80年代半ば。
音楽的にはテクノの新星で、80年代に世の中を席巻していた
ポストモダン的な「スキゾキッズ(古い因襲や固定観念から逃げ続ける少年)」を
体現するかのような、無意味で皮肉っぽい歌詞。
さらに卓球氏のあふれんばかりの才能の横で
音楽的には特に何もしていないけど、信じられないほどの存在感をステージで出す
謎のメンバー ピエール瀧は 当時彼らより少し下(私は3歳下です)にとっては
眩しく見えました。

しかも彼らには文才があり、いわゆるサブカルチャーのライターとしての
才能もありました。
「自分の好きなことを好きなようにやって、それがお金になっていく」事を
体現していく人達として ずっとうらやましく思っていたものです。

多分同じような世代で ダウンタウンとかとんねるずと言った、「元々友達だった
人達が、その延長線上にプロになる」というコンビがお笑い界にはいましたが
音楽界では、それが電気グルーヴでした。

特に瀧さんは、音楽ユニットでありながら音楽面にノータッチで
ステージ上で変な格好をして右往左往しているだけという不思議すぎる立ち位置
でしたが、その存在感が役者として花開き、まさに引っ張りだこになることになるのです。

そんな電気グルーヴがコカインねぇ・・・

う~ん

まあ、正直言ってああいうトランス系の音楽をやっている人達は
ビートルズの昔からLSD的なものによる幻覚体験を 音に落とし込んでいる人は
とても多いですし、驚きはしませんでした。

ただ、とても残念ですよね・・・。

今 多くの電グルの曲が配信停止やCD出荷停止になってしまっています

そんななか、石野卓球氏が あの「関西電気保安協会」のCMを
メチャクチャ格好良く作り上げた動画は生きています
(まあ卓球氏は今回違いますからね)

この才能を思うと、活動出来ない今の状態はもったいないですねぇ





# by AWAchampion | 2019-03-20 03:21 | Diary | Comments(0)

今年のアカデミー賞の外国語映画賞、監督賞、撮影賞を受賞して
大きな話題となった「ROMAローマ」を見てきました。

この映画はメキシコ人のアルフォンソ・キュアロン監督「ゼロ・グラビティ」などで
知られている監督ですね・・・が、自分が生まれ育ったメキシコシティの
ROMA地区の1971年について描いた、自伝的作品です。

この映画が特徴的なのは 動画配信サービスのNetflixがお金を出して作られたということ。
つまり劇場公開用映画ではないんです。

動画配信サービスをどう見るか?というのは国によって分かれています。
日本・フランス・ドイツなどでは映画祭の対象にしていないので
今年のカンヌには出品されませんでしたが、アメリカでは映画祭に出せるので
ゴールデングローブ賞も、アカデミー賞も出品されました。

で、その映画が全国のイオンシネマで限定公開ということで
いそいそと自宅の近くのイオンシネマに出かけて見てきました。

結論から言いますが
素晴らしい傑作!今年一番ですね。私の中では。
いやぁ・・・打ちのめされるほど素晴らしかったです。

ストーリーは 1970年のメキシコシティ
中産階級の生理学者の家には、先住民族出身の二人の若い召使いが住み込みで
働いていて、やんちゃ盛りの4人の子供の面倒を見ている。
そのうちの一人 クレオは従順で特に子供達から愛されている。

彼女にはボーイフレンドがいる。彼は苦学生で武道をたしなんでいる。
そんなある日 彼女は子供が出来た。しかしそれを聞いてボーイフレンドは
無責任にも姿を消してしまう・・・。

途方に暮れるクレア。しかし雇い主のソフィアは彼女を病院に連れて行き
「産んでもクビにはしない。安心しなさい」と慰める。

そしてストーリーはクレアの出産までを丹念に追っていくが
悲劇的な結末が待っている。
しかし・・・その後に彼女はまた生きる力を見いだすのであった。


と かいつまんで話すとこう言う話なんですが
とても静かな画の構図のなかで、いろんな事が起きていて
あたかもドキュメンタリーのような画の密度を保っています。
そして 特徴的なのが 音の演出です。
ドルビーサウンドの技術の粋を集めて 左右奥手前から いろんな生活音がして
とにかくメチャクチャリアルな空間を作り上げています

派手ではないんですけど、演出力のとんでもない水準の高さに
唖然とするぐらいの凄さでした。

これは動画配信だからと自宅のパソコンで見ちゃダメな映画です
暗い映画館の大スクリーンで、存分に音声も楽しんで見る映画だと思いました

とにかく素晴らしい。アカデミー監督賞は当然の結果ですね。





# by AWAchampion | 2019-03-17 01:20 | 映画・演劇など | Comments(0)

さてさて、今年のオスカー作品賞を取った
『グリーンブック』を見てきました。



この作品は1962年のアメリカの実話に基づいています。
ストーリーは
ニューヨークのブロンクスにすむ、ナイトクラブの用心棒で
粗野なイタリア系 トニーが、新しく得た仕事というのが
カーネギーホールの上にすむ 超セレブな天才ピアニストを
連れて 南部へ8週間運転手をせよというものでした。
しかしその天才ピアニストは・・・黒人だったのです。

ソビエトのレニングラード音楽院に留学した経験のある
ドクター・シャーリーはホワイトハウスでも演奏をし、
当時の巨匠 ストラヴィンスキーから激賞されるほどの才能の持ち主。
しかも品格にあふれ、上流階級の貴賓を身にまとっています。

そんなシャーリーが、まだ強く差別の残る南部諸州で
コンサートを開くというのです。
そこで、シャーリーは、トニーのような「トラブルを腕力で片付ける」
実力のある粗野な白人を雇ったと言うわけなのです。

旅を続けるにつれ、差別や危険なことに出会う二人
そのうちに、全然違う境遇だった二人のあいだに奇妙な友情が芽生えるのです・・。

という、お話を監督のピーター・ファレリーはとても人情深く
基本的にはコメディでありながら、ジンワリと心にしみる
弥次喜多道中に仕上げています。

そこで、ファレリーという名前を見ていたら・・・

ん?

あれれれ??

そうです、あのファレリー兄弟なんです。

あの、というのは ファレリー兄弟と言えば
1994年頃 デビュー作で、当時の超人気コメディアン
ジム・キャリーを、ほぼドリフのバカ兄弟みたいな役にした
不謹慎バカ映画「ジム・キャリーはミスターダマー」(原題は Dump & Dumper
ですが、これはスラングで「うんこたれ」的な意味があります。)とか、

当時キラッキラのアイドル女優だった
キャメロン・ディアスにドエロギャグをやらせまくった 下ネタ映画
「メリーに首ったけ」などの、不謹慎バカ下ネタ監督というのが
一般的なイメージじゃないでしょうか?

しかも彼らのジョークは大体障碍者だの、精神的にちょっと弱い人だの
汚物だのを使う、ホントにオゲレツ監督と言っても良いイメージでした。

それが、初めてちゃんとしたドラマを作ったそうですが
こんなに良い脚本の、しみじみとした映画を撮るとは・・・。

日本の監督で例えると、それこそ 東映のチンピラとトルコ嬢と酒とホルモンと・・・みたいな
「トラック野郎」シリーズを撮ってた鈴木則文監督が
いきなり「幸せの黄色いハンカチ」を撮るみたいなモンです。

イヤでもホント、基本的には深刻な人種差別に合う不条理な怒りを孕んだ作品の
はずなんですけど、とにかく人物描写が上手く、対比も効いていて
とても心が温かくなる映画でした。

脚本賞も取ったそうですが、それは非常に納得出来ます。
人間誰がどうなるか?分からないモンですねぇ・・・。


# by AWAchampion | 2019-03-15 23:53 | 映画・演劇など | Comments(0)

流浪の演出家人生

私は、元々はテレビドラマを志して テレビ業界の門を叩きました。
なにしろ 「時間ですよ」「寺内勘太郎一家」の巨匠 久世光彦の弟子ですからね。
まあ30番目ぐらいの弟子ではありますが、弟子は弟子です。

入って1年間はじっくり助監督として働きましたが
その後は かなり早くからテレビドラマではない部門で
ディレクターになりました。

その後 実は私が久世門下を離れる時
久世さんは私を、とあるテレビドラマチームの助監督に戻そうとしたのです。
そこで、私の人生の分かれ道が来ました。

私はその時 既にセサミストリート日本版への参加が決まっていました。
そこで初めて私は師に長い手紙を書きました。
内容はもうそれほどキチンとは覚えていませんが、
「私は師に教えていただいた事を活かして 外の世界で腕を試してみたい。
せっかくのご厚意ですが、辞退させていただく無礼をお許し下さい」的な内容でした。
師はそれを読んで一言・・・
「おい、倫太郎。お前これどのぐらい時間かけて書いた?」とだけ聞きました。
本当は30分ぐらいで書いたのですが、
「に、2時間ぐらいです。」
「うむ」
それが師との最後の会話になりました。

その後私の人生は激変しました。
「セサミストリート日本版」の演出家をやることで私は【パペットショー】という
特殊な番組の専門家を名のる事ができるようになり、
子ども番組ディレクターとして旗を掲げました。

他にも【囲碁の解説番組】【音楽劇や前衛ダンスの舞台収録】
と言った、変わったジャンルの演出もドンドンやるようになったのです。

そして昨日
民放ベースのテレビマンならまずお目にかかることのない
【オーケストラの音楽収録】というものも加わりました。
いや~これはこれで 思った以上に勝手が違って大変でした・・・。

まさに流浪の演出家人生。
しかしまあ、せっかくテレビマンになったのでいろんな事をやりたい
というのが私の考えですし、大変ですけど楽しいです。
ですから特に後悔などはなく、むしろ私が歩んできた道の
曲がりくねり方にはちょっとした誇りを持っています。

でも、もし私があの時、師・久世さんの言うことを聞いていたら
どんな人生が待っていたんでしょうか?
その後 当時全盛だった二時間ドラマ枠が激減して、フリーの助監督は
相当淘汰されました。
ただ、その時には無かったテレビ朝日やテレビ東京の連ドラ枠が
今や賑わいを見せているので、もしかしたらどこかの会社でテレビドラマの
演出家になっていたかもしれません。
はたまた、一旦ディレクターになった後に
再び助監督を10年近くやることに耐えられず、ドロップアウトをしたかも知れません。

そう考えると、あの2004年の冬の日を思い出さずにはいられないのです。






# by AWAchampion | 2019-03-12 03:32 | Diary | Comments(0)

先日 『白覆面の魔王』として一世を風靡した
ザ・デストロイヤーさんが亡くなりました。

彼はもともとアマチュアレスリングをやっていて
プロに転向。
あまりハンサムでは無かったため、プロモーターに勧められて
白いマスクをかぶり、悪役レスラーとして活躍しました。

特にロスを中心に暴れ回り、当時ロスにあったWWAのチャンピオンでもありました。
力道山がハワイと、日系人が多いロスをアメリカでの修業先に選んだ事から
交流が出来、旧日本プロレスにも頻繁に来るようになりました。

何と言っても彼の名声を日本で不動の者にしたのは
力道山との一戦。必殺足4の字固めをかけたままリングサイドに落ち
絡まってとれなくなった・・・と言う写真が 旧両国国技館の天井カメラで撮られ、
翌日新聞各紙に掲載された、例の一戦です。
あれは日テレで視聴率64%を記録しました。

45~65歳ぐらいの人は 足4の字固めをかけられるでしょうし、
かけられたこともあるでしょうし、『反転すると自分が痛い』というギミックも
よくご存知でしょう。

その頃は流血試合も辞さない、大悪党だったのですが
彼はよほど日本が水にあったのか?その後麻布十番に定住して
G馬場が立ち上げた全日本プロレスに全面協力する事になります。

1974年頃には全日本プロレスの親会社
日本テレビの土曜10時の「うわさのチャンネル」で
『おい!デスト!』とゴッドねぇちゃん 和田アキ子にどつかれる役を
コミカルに演じて 大人気になりましたね。
私もそこは薄ぼんやり覚えています。
(かなりの低俗番組でしたし、当時は3~4歳の子供に土曜10時のテレビを
 見せる風習はありませんでした)

あれは当時はかなりプロレスファンには非難されたそうですが
本人は「とても楽しかった」と振り返っています。
もちろん、旗揚げ時にすでにジャイアント馬場は全盛期を過ぎていて、
かたやライバルアントニオ猪木が モハメド・アリと戦うなど絶頂期を迎えていた
新日本プロレスに対抗するために、日本テレビが要請したという事は言うまでもありません。

ザ・デストロイヤーは義理堅い男でしたから、力道山と戦った事で
彼と信頼関係が出来たので、その愛弟子、ジャイアント馬場をきちんと支えていこうと
決めたのです。

そして もともとはアマチュアレスリングの猛者ですから、
道場で若手や外国人レスラーに対して指導をする立場に回るのです。
のちにWWEで殿堂入りすることになる 
かの”浮沈艦”スタン・ハンセンが新日本プロレスでアントニオ猪木と出会う前、
まだ業界に入りたての頃、全日本プロレスにやってきて、
ただのアメフトの兄ちゃんが、デストロイヤーに手玉に取られる試合が残っていて
私も見たことがあります。

新日本プロレス道場で アントニオ猪木以下を鍛え上げた”神様”カール・ゴッチは
とても有名で、その後のプロレス&総合格闘技界に巨大な足跡を残しましたが
実はデストロイヤーも非常に日本のプロレスに大きな足跡を残していると言えます。

悪役レスラーというのは特殊な仕事で、観客からすると悪行三昧をして
ずるいことばかりする酷い人達・・・という風に見えますが、
裏から見ると・・・
悪役レスラーが試合の流れを、『観客が盛り上がるように』積極的に
作り上げて、ハンサムなエースレスラーはそれに付いていく・・・と言う役割である
事が分かります。
つまり、プロレスという演芸形態において、ネタを書いているのは悪役レスラーで、
ハンサムはそれにリアクションやツッコミをする事で成り立っていると言えます。

その意味でザ・デストロイヤーは本当に名優であったのでしょう。

彼は引退後も麻布十番に住み、(アメリカにも家がありますが)
夏の十番商店街のお祭りでは毎年出店を出して 2000年代まで地元の人と交流して
いました。
私も見かけたことがあります。本当に日本が水にあったんでしょうね?

亡くなる3週間前まで『日本に行く』と言ってスクワットをしてリハビリしていた
そうです。

昭和を代表する名優のご冥福をお祈りいたします。








# by AWAchampion | 2019-03-10 05:03 | プロレス界展望 | Comments(0)

さて、私ですが 今年の2月から とある老舗音楽番組に参加しております・・・

と言うと 皆さん「ああ、ミュージック・フェアですか?」とおっしゃるのですが
違うんです。

なんと テレビ朝日で50年以上の放送を誇る「題名のない音楽会」の
ディレクターに入れてもらったんです。
1964年放送開始だそうですから 凄いですね。

いやはや・・・私のキャリアの中で当然音楽番組もちょっとはありましたけど
これほどクラシック音楽と向き合う番組に しかも民放で自分が担当するとは
思いませんでした。

当然演出チームやプロデューサーさんは芸大やら音大を出てる人ばかり。
早稲田大学→イギリスの映画学校→久世光彦門下の私は 相当場違いだと思いますが、
まあ逆に映画音楽などには一日の長があるのも事実。
やりようによっては 私も色々と面白い企画をご提案できるのでは?
と頑張っております。

なんですけど・・・
最近はスタッフのSNSに対して 局の方々も厳しい所も多く
特にこの番組はあまりスタッフに告知などをされるのが
お好きではないと聞きました。
今後はあまりこの番組に関する告知を 以前ほど丁寧には出来ないかと思います。
でも確実に私もやってますので ご覧になった際は エンドクレジットも見てみて
下さいね。

# by AWAchampion | 2019-03-02 14:47 | 私 岡田倫太郎について | Comments(0)

北翔海莉さんのディナーショーの際に
父と久しぶりに会いまして 色々話をしていたのですが
やはり 今東京宝塚劇場でやっている 「霧深きエルベのほとり」が
父が 宝塚歌劇団に入団して(1963年)
まだ見習いで初めて現場に着いた作品だったそうです


というわけで、かの大演出家 菊田一夫さんの代表作の一つ
「霧深きエルベのほとり」を見てきました

1963年初演で 父によると 現場Pが高木史朗先生
演出補が鴨川清作先生 演出助手が酒井澄夫先生と 大関弘政先生
(ここまでがクレジットに載っています)
そして4番目の見習い演出助手が 岡田敬二だったということです。

音楽家も入江先生、中元先生、寺田先生、吉﨑先生と
後の宝塚の重鎮ばかり!如何に菊田一夫という人が当時既に超大物だったか?が
分かります

ご存知の通り菊田先生は森繁久弥さんらと共に、東宝演劇の基礎を築き上げた
偉人です。その影響は森繁さんを通して テレビ界では久世光彦に受け継がれ
私が久世さんの30番目の弟子になっていますから、
なんだかんだ 芸事の上でも一応 父は 私にとって 菊田一門の叔父貴弟子ということに
なるのかもしれません

さて「霧深きエルベのほとり」ですが
舞台はハンブルグ 秋のビール祭り(今で言うオクトーバーフェストですね)開催中
港に着いた外洋船の水夫 カールは、酒場で家出娘のマルギットと出会う
マルギットは世間知らずのお嬢様で、どうやら良家の出だが、
カールは彼女を祭りで賑わう ハンブルグの町に連れ出し 
そして恋に落ちる

翌朝 マルギットとカールは結婚のちぎりを交わすが
実はマルギットはハンブルグ一帯で最も名高い名家の長女で、婚約者から逃げてきたのだった
警察に取り囲まれてしまう二人。

カールと結婚できないと 死ぬというマルギットに父は仕方なく
カールを婿養子にすると言うが、名門の家のしきたりはカールには難しく
カールは イヤな男の振りをしてマルギットと対立 また船へと戻っていく・・・

というお話で、マドロスと令嬢の悲恋というのは
いかにも1963年の 学生運動的な価値観の作品で 当時を色濃く反映しているなぁと
言うのが第一印象でした

しかし、見ていくやはり菊田節は至る所に出て来ます。
例えば
カールがマルギットを港が見える高台に連れだして・・・。
「家出娘というのは 親に反発して家を出て
酒場で飲んだこと無い酒を飲み ろくでもない男に捕まって
眺めの良い場所に連れて行かれて 酷い目に遭うと相場が決まってる」

マルギットが「じゃあ私もそうなの?」

カール「まあとりあえずろくでもない男に捕まって 眺めの良い場所に来てるわけだから
順番で言えば 次は酷い目に遭う」

と、笑わせながらも カールの「嫌いになれない性格」やら
マルギットの「負けず嫌いの性格」を一気に紹介する所なんかは
「よっ!菊田一夫!」と声をかけたくなりました。

また泣かせるテクニックがエグい!
カールは無理矢理 イヤな男を演じて 
マルギット父から手切れ金をぶんどり、安酒場で水夫仲間に奢ります

その後、娼婦と二人きりになったところで
娼婦に「あんた 昔の私の旦那に少し似てるよ」と声をかけられた
カールは、娼婦に「お前のこと 今だけマルギットって呼んでも良いか?」
と前置きをして
「俺はお前がホントに好きなんだよぉぉぉぉぉ!」と泣き崩れるシーンが
あるのですが
そういう 一見関係無いところにこそ 主人公の感情が最も表われるシーンを
持ってくるというのは 森繁さんも久世さんに繰り返し禅問答のように
教え込んでいたらしく 直接的にも聞いた頃がありますし
久世さんのエッセイにも書いてありました

「これか!」

と私は 菊田メソッドを目の当たりにして感動していたのですが
周りのマダムも女子高生も まさにグイ泣き!
エグい位みんな泣いていました

すげぇー やはり菊田一夫スゲー!


そしてレビューは 中村暁さん演出の「エストレージャス~星たち」でした
父が昔「併演はレビュー「●●」としか書かれない」と怒ってましたので 少しだけ
こちらについても書きます

この エストレージャスとは スペイン語で「星」という意味で
プロレスのスター選手を 「スペル・エストレージャ」と言ったりします。
星組公演にかけたのかも知れませんね?

父の作品ならシーンごとに色々書きますが
今回は 2階席で見ていたことも有り、演出家の意図する所がまんべんなく
理解できたかどうかは分かりません。なので大きな所だけ書きます。

この作品で 最も特徴的なこと。それは星がコンセプトなので
中村さんは思い切って 8場55分 ず~~っと 背景の大黒幕(おおぐろまく)を降ろしたまま
全てナイトシーンで展開させます。

これはかなり野心的な試みです
背景を黒くすると、確かに白っぽい衣装などは映えるのですが、舞台全体の輝度が落ちるので
宝塚ほどの電飾や照明の光量がないと 地味な作品になってしまうのです。
今回は レーザー光線やら 星雲スライドなどを駆使して
美術さんや照明さんが必死に 盛り上げていました

なぜコンナことを書いたかというと 私も実は経験があるんです
Rの法則を撮った時 4曲唄うタレントさんの衣装がそれぞれ パステル調で可愛かったので
衣装を目立たせたくて
背景を基本 ネイビーで構成して キラキラしたビーズを前に吊るした舞台にしました。

そしたらその場にいた紅白の演出家さんとレコード会社の人に
「岡田君。やりたい意図は分かるが、テレビの場合 輝度を落とすと肌の発色が悪くなって
しまう。4曲全部寒色の背景は辞めてくれ」といわれた事があります

少なくともテレビでは許されない試みを ベテランの中村さんがやったというのは
それだけ彼が レビューに対して表現の幅を広げたいと思っている証拠かも知れません。
なるほどなぁ・・・と思いながら見ていました。

単に「星」にこだわると言うことであれば 明けの明星だの、日没時のマジックアワーだので
ホリゾント幕を赤くしたり 白くしたりする口実はいくらでもあります。
だからホントに今回の企画書のメインコンセプトが
「全篇ナイトシーン」だったのでしょう。









# by AWAchampion | 2019-03-01 14:11 | 映画・演劇など | Comments(0)

今週の月曜と火曜に 東京・日比谷にある東京會舘で
元宝塚歌劇団スター 北翔海莉さんのディナーショーが行われました

宝塚時代 相手役だった 妃海風さんも出演という豪華版で
私が行ったときは 400人近く入るであろう宴会場が満席の賑わいでした。

それが3回公演あったそうですから、すごい観客動員数です。
バンドも6人編成と豪華版
照明も衣装も 目の肥えた宝塚ファンでも十分満足するクオリティでした

北翔さんは宝塚スターとしてはいささか遅咲きでしたが
歌も踊りも、殺陣なども上手な まさに芸達者

90分の予定のショーは 彼女の人柄を表す
温かい雰囲気のMCと、伸びやかな歌声であっという間に10分オーバー!
大盛況の内に終わりました。

演出は ここ数年北翔さんと二人三脚でやってきた感のある
父 岡田敬二。
トークでも何度も父の名前を出して下さり お気遣いいただきました。
父は78歳になりましたが、まだまだバリバリ現役でやっております

既に宝塚歌劇団HPで発表になりましたが
6月には 大阪で 吉﨑先生60周年 岡田敬二50周年(演出家としてデビュー)
記念興行も行われます

本当にありがたい話です

是非皆様 そちらの方もお誘い合わせの上 お越し下さい。


そして北翔さんですが
2月に 税金の関係で色々と不祥事がありました。
本来ならこのタイミングでイベントを行うのは中々勇気が要る事だったと
思いますが、彼女が「一から出直す」という覚悟も見えた 
良いイベントだったと思います




# by AWAchampion | 2019-03-01 13:31 | 映画・演劇など | Comments(0)

特に先月と今月ですが、私が俄然映画の記事を多く書いているせいで
母親がこのブログを読んで「息子は仕事をしていないんじゃ無いだろうか?」と
心配しているそうです。

わはははは。

まあ、そうなりますよね?

幾つになっても息子は息子

その昔 久世光彦門下で頑張っている頃、
会社におばあさんからお電話が有り、久世さんに取り次いだら
それがお母様だったらしく

「いや・・・大丈夫だよ。俺ちゃんと仕事してるよ」

と電話で色々説明していました。

当時 久世さん60過ぎてましたからね(笑)

ちなみに私はちゃんと仕事をしているんですけど
今入っている 老舗音楽番組が どうやらあんまり
ネットでディレクターさんに細かく告知されるのが
好きで無いタイプの番組らしく
あんまりいろんな事を書けないのです

と言うことでしばらくは こういう映画・演劇関係が
多くなると思いますね・・・。

# by AWAchampion | 2019-02-28 23:20 | Diary | Comments(0)

さてさて、先週の金曜日に公開されて
埼玉県内で爆発的な興行収入を上げている映画「翔んで埼玉」ですが
友人が勧めることと、私の中にあるバカ映画センサーが激しく反応することから
あらがえない魅力を感じていました。
(「北京原人」を封切りで見ている男です・・・私は」)

そこで埼玉県内ではありませんが
東京との県境 東武練馬で急遽 日曜の夜に見てきました

これは1980年代に書かれた
少女マンガが原作で、東京によって埼玉が厳しい差別を受けている世界の
お話です




主役で東京都知事の高校二年生の息子が 二階堂ふみ(男役初挑戦)
アメリカからの転校生だが、その正体は埼玉解放戦線の男に
GACKT(46歳にして高校生役、しかも役名が麻美麗 こらこら・・・)

都知事の秘書で妻の愛人にして 千葉のスパイに伊勢谷友介
伝説の埼玉レジスタンス 埼玉デュークに京本政樹

悪の東京都知事役が 中尾彬
その妻が なぜか武田久美子と
顔の力のみで選んだキャスティングが光ります。

ストーリーは単純明快
東京と神奈川が都会であり、埼玉は関所を通らないと東京へは行けず
東京に入ったとて厳しい差別を受けるという世界。
そこで埼玉のレジスタンスが 同じくライバルの千葉と争いながら
やがて革命の火を灯すという・・バカ映画です

初めのうちは宝塚歌劇団のパロディというか
原作の少女マンガテイストで進み、所々BL要素を挟みつつ
進行します
GACKTやら伊勢谷友介といった 今をときめく美形俳優が演じているにも
関わらず、埼玉とか千葉、茨城が絡むとあら不思議・・・

途中から 隠しきれない東映大泉撮影所テイストが
にじみ出てきてしまうのです

東映大泉撮影所と言えば、「トラック野郎」「不良番長」「伊賀のカバ丸」
「ビーバップ・ハイ・スクール」と言った東映が誇る傑作バカ映画を量産して
70年代~80年代の日本を泥臭くした総本山です。

その泥臭い 北関東ヤンキーの肉弾戦が 後半になればなるほど
繰り広げられて、結果として21世紀である事を忘れさせる
バカ映画の傑作になりました

天国で那須監督や 鈴木則文監督が喜んでいることでしょう

これはてっきり東映の撮影所上がりの監督さんが撮られたからこうなったんだと
思っていたのですが
調べたら なんとオシャレ番長 お台場のフジテレビ ドラマ部の監督さんじゃ
ありませんか!

すごい!
お台場パワーを持ってしても泥臭くしてしまう 埼玉パワー!

いやでも こういう傑作B級映画が出来るというのは日本映画にとっては
健全なことなのです。











# by AWAchampion | 2019-02-25 23:37 | 映画・演劇など | Comments(0)