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歌謡曲スタンダードナンバー その24 「レンガの小径」 追記版

埋もれさせたくない 歌謡曲の名曲をつづるコラム 「歌謡曲スタンダードナンバー」
久々の今回は、私が愛してやまない 二人のアイドル
河合その子と松田聖子の物語です。

私はこのブログでも何度も触れているように、
高校時代をほぼ 河合その子の曲だけで過ごしたといったも
過言ではないぐらい 熱病のように大ファンでした。

ここで彼女をご存じない方のために サラッとおさらいしますと。

昭和40年 6月20日 愛知県東海市生まれ
高校卒業後 CBSソニーのボーカリストオーディションで入選
(優勝者は渡辺美里)

1985年4月からは おニャン子クラブ 会員ナンバー12番として
ブレイク。

1985年9月1日 「涙の茉莉花LOVE」でソロデビュー
1985年12月 品川プリンスホテルにて ファーストコンサート
1986年3月 代表曲 「青いスタスィオン」でオリコン1位を獲得
おニャン子系ソングでは、最も売れた曲となる。

1987年8月24日 よみうりランドシアターEAST にて「その子の夏」という
コンサートを行う。

1991年 引退 作曲家 後藤次利氏と結婚

という経歴です。

彼女はとにかくフランス人形のようなビジュアルで、本当に美しいのですが
もともとは歌手志望で、実際曲もかけたぐらいピアノが上手でした。
そんな彼女は 松田聖子の大ファンで、
一度ベストテンで会ったときに泣き崩れたというエピソードもありました。

そんな彼女が、キャリアの中で一度だけ 聖子ちゃんの歌をカバーしました
それが、「秘密の花園」のB面 「レンガの小径」でした。
作詞 松本隆 作曲 財津和夫 の超名曲です。

その映像が今は普通に見られるんですよねぇ・・。

1987年8月24日 
よみうりランドシアターEAST 公演から




どうよ?この美しさ!
いやぁ、これはもう最高過ぎますよ!

ちなみに 私はこの日 この公演を 大阪から見に来ていました。
前から15列目のど真ん中。
もう最高でしたよ。

特にこの澄んだその子さんの弾き語りを聞いている瞬間
本当に「ああ、今 俺の人生のなかで一番美しい瞬間だなぁ」と
本当に感動したものです。

この日は 何度も何度も
「俺!おおさかからキタデェ!」と叫んだので
最後のMCで その子ちゃんが
「今日は 遠くから来てくれた人もいるみたいで・・・ありがとうございました!」
と言ってくれたときは、本当に感動して、死んじゃうかと思いましたよ。

この映像は、当時テレビディレクターだった 堤幸彦監督がおとりになったというのも
トリビアです。

もちろん 今でも、僕の人生が14000日ぐらい過ぎていますが、
この曲を聴いていた瞬間が もっとも清らかな瞬間だったということは変わりません。


で、聖子ちゃんのバージョンも挙げておきます。



これは ギターのアルペシオが美しいアレンジで、
聖子ちゃんならではの、本当にいい曲ですよね。


ここで作詞家 松本隆について考えて見ましょう。
この「レンガの小径」の歌詞も素晴らしいです。

♪ 草萌える レンガの道の
 突き当たり あなたの家ね
 呼び鈴を 押したけど
 もう誰も いない

この部分だけで はっきりと失恋の心象風景が浮かんできませんか?

秋元康が著書で「良い詞とは、情景が目の前に浮かんでくるようなものである」と
言ったことがあります。
彼は 阿久悠の 「津軽海峡冬景色」を例に出して、

♪ 上野発の夜行列車 降りたときから
  青森駅は 雪の中
  北へ帰る 人の群れは 誰も無口で
  海鳴り だけを 聞いていた

という 素晴らしい歌詞を上げています。

秋元氏自身も 「川の流れのように」で
 
♪ 知らず知らず 歩いてきた
  細く長いこの道 
  振り返れば はるか遠く 
  ふるさとが見える

と書いています。

ただ、松本隆が彼らと決定的に違うのが 彼はデビュー時 はっぴぃえんど のときから
一貫して 同じ架空の町 「風街」を舞台にしているという点です。

はっぴぃえんどの「風をあつめて」でも

♪ 街のはずれの 背伸びした路地を
  散歩してたら シミだらけの
  モヤ越しに 起き抜けの 路面電車が
  海を渡るのが 見えたんです

この路地の先に 多分 レンガの小径も続いているんでしょう・・・という
独特の透明な世界観で、多くの曲が彩られているという、強い作家性があります。

今、あまりここまで強烈な心象風景を描く作詞家はいないでしょう。

その意味でも、非常に松本隆らしい一曲といえると思います。  
by AWAchampion | 2010-10-08 04:01 | 歌謡曲スタンダードナンバー | Comments(0)