2012年 10月 08日
個性的なサラブレッドの思い出
オルフェーブルの凱旋門賞での活躍を見て、
テンポイントの事を思い出したコラムを書きましたが、そのうちに
色々と思い出してきました。
私は今は全然競馬を観ませんが、逆に実家にいた頃は
父親が無類の競馬狂であったこともあり、よくテレビで中継を見ていました。
1980年代の競馬界は日本経済自体が上げ潮だったこともあり
とても面白いことがたくさんありましたよね?
その中から、個性的なサラブレッドの話を二つ・・・
1)ミスターシービー
この馬は、1983年に セントライト・シンザン以来の
クラシック三冠馬(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を勝利した
名馬です。
父は トウショウボーイ・・・そう!あのテンポイントの終生のライバルです。
この馬は面白いレースをする馬でした。
とにかくゲートが空いたら絶対に群れの一番後ろにつくのです。
そしてずっと機会を伺い、第四コーナー前でするすると馬群を割って出てきて
直線で一気にごぼう抜きするという、究極の差し馬でした。
とにかく一番後ろから一気に抜くわけですから
どのレースもとにかく「ミスターシービーは先頭に追いつくのか?」という
ハラハラドキドキの展開で、本当に記憶に残る馬でした。
そこでこんな話を聞いたことがあります。
ミスターシービーは元来 とても気が弱いんだそうです。
内気でシャイで、とくに人より目立ったことが好きじゃない、あまり競走馬には
向いていないタイプだったそうです。
ただ、能力自体はピカイチのダッシュ力・・・。
だから、レースの終盤まで一番後ろにいたのは、体力温存というよりも
彼の性格上の問題だったようで、シャイな馬を一位にするための方法だったそうです。
なんか、みなさんの周りにもそう言う人いませんか?
2)オグリキャップ
言わずと知れた超人気馬です。
この馬は元々 笠松競馬場というとても小さな地方の競馬場出身です。
それがあれよあれよという間に、勝ち進んで中央でG1をいくつも勝利した
雑草魂の馬です。
実際血統のスポーツと言われる競馬ですが
オグリキャップは駄馬もいいところの血統なんだそうです。
ただ、どんな動物でもそうですが、近親交配を続けていると
ひ弱な子供が生まれます。
その中にあって、傍流の出だったオグリキャップはとにかく強靭な肉体の
持ち主だったそうです。
で、オグリキャップといえば忘れられないのが
1989年のジャパンカップです。
この前の年にオグリは大ブレイクをしました。
そして1989年になって オグリを笠松時代から所有していたオーナー企業が
経営不振となり、夏場に所有権が新しいオーナーに
移動されました。
しかし既に日本一のスターホースとなったオグリはやはり高額で
新オーナーは、競走馬としてはキャリアの後半に差し掛かったオグリから
ドンドン金を稼ごうと、秋だけでジャパンカップを含めて6戦という
通常の競走馬の3倍のペースでレースに出走させました。
しかも基本的に長距離ランナーのオグリに、
スプリントレースのマイルチャンピオンシップに
出場させ、疲労困憊にさせた翌週の、国際G1出走でした。
ジャパンカップの数日前、長距離移動を終えて東京競馬場へ入ってきたオグリは、
さすがに疲れていて 厩舎でもカイバおけを前に食欲も出ず、ため息をついていたそうです。
厩務員さんも「そりゃそうだよなぁ・・」と彼の体を撫でながらお世話をしてたそうです
と、その時・・・
急にオグリが ん! 鼻息を立てて顔を上げました。
「な?なんだ?」
と厩務員さんが驚いてその視線の先を見ると・・・
そこに歩いていたのニュージーランド娘のホーリックスだったそうです。
そう!
彼はあんまりいい女がやってきたので、疲れも忘れて見入ってしまったそうなのです。
それがこのレースにつながったそうです。
これは、いい女を必死で追いかけてたら
世界レコードが出ちゃった・・・・というレースだったという都市伝説が残っています。
ホントだったら面白いですよね。
テンポイントの事を思い出したコラムを書きましたが、そのうちに
色々と思い出してきました。
私は今は全然競馬を観ませんが、逆に実家にいた頃は
父親が無類の競馬狂であったこともあり、よくテレビで中継を見ていました。
1980年代の競馬界は日本経済自体が上げ潮だったこともあり
とても面白いことがたくさんありましたよね?
その中から、個性的なサラブレッドの話を二つ・・・
1)ミスターシービー
この馬は、1983年に セントライト・シンザン以来の
クラシック三冠馬(皐月賞・日本ダービー・菊花賞)を勝利した
名馬です。
父は トウショウボーイ・・・そう!あのテンポイントの終生のライバルです。
この馬は面白いレースをする馬でした。
とにかくゲートが空いたら絶対に群れの一番後ろにつくのです。
そしてずっと機会を伺い、第四コーナー前でするすると馬群を割って出てきて
直線で一気にごぼう抜きするという、究極の差し馬でした。
とにかく一番後ろから一気に抜くわけですから
どのレースもとにかく「ミスターシービーは先頭に追いつくのか?」という
ハラハラドキドキの展開で、本当に記憶に残る馬でした。
そこでこんな話を聞いたことがあります。
ミスターシービーは元来 とても気が弱いんだそうです。
内気でシャイで、とくに人より目立ったことが好きじゃない、あまり競走馬には
向いていないタイプだったそうです。
ただ、能力自体はピカイチのダッシュ力・・・。
だから、レースの終盤まで一番後ろにいたのは、体力温存というよりも
彼の性格上の問題だったようで、シャイな馬を一位にするための方法だったそうです。
なんか、みなさんの周りにもそう言う人いませんか?
2)オグリキャップ
言わずと知れた超人気馬です。
この馬は元々 笠松競馬場というとても小さな地方の競馬場出身です。
それがあれよあれよという間に、勝ち進んで中央でG1をいくつも勝利した
雑草魂の馬です。
実際血統のスポーツと言われる競馬ですが
オグリキャップは駄馬もいいところの血統なんだそうです。
ただ、どんな動物でもそうですが、近親交配を続けていると
ひ弱な子供が生まれます。
その中にあって、傍流の出だったオグリキャップはとにかく強靭な肉体の
持ち主だったそうです。
で、オグリキャップといえば忘れられないのが
1989年のジャパンカップです。
この前の年にオグリは大ブレイクをしました。
そして1989年になって オグリを笠松時代から所有していたオーナー企業が
経営不振となり、夏場に所有権が新しいオーナーに
移動されました。
しかし既に日本一のスターホースとなったオグリはやはり高額で
新オーナーは、競走馬としてはキャリアの後半に差し掛かったオグリから
ドンドン金を稼ごうと、秋だけでジャパンカップを含めて6戦という
通常の競走馬の3倍のペースでレースに出走させました。
しかも基本的に長距離ランナーのオグリに、
スプリントレースのマイルチャンピオンシップに
出場させ、疲労困憊にさせた翌週の、国際G1出走でした。
ジャパンカップの数日前、長距離移動を終えて東京競馬場へ入ってきたオグリは、
さすがに疲れていて 厩舎でもカイバおけを前に食欲も出ず、ため息をついていたそうです。
厩務員さんも「そりゃそうだよなぁ・・」と彼の体を撫でながらお世話をしてたそうです
と、その時・・・
急にオグリが ん! 鼻息を立てて顔を上げました。
「な?なんだ?」
と厩務員さんが驚いてその視線の先を見ると・・・
そこに歩いていたのニュージーランド娘のホーリックスだったそうです。
そう!
彼はあんまりいい女がやってきたので、疲れも忘れて見入ってしまったそうなのです。
それがこのレースにつながったそうです。
これは、いい女を必死で追いかけてたら
世界レコードが出ちゃった・・・・というレースだったという都市伝説が残っています。
ホントだったら面白いですよね。
by AWAchampion
| 2012-10-08 03:22
| 懐かしいもの
|
Comments(0)

