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木村進 亡くなる

木村進が亡くなりました…

といっても多くの方にとって あまり馴染みのない名前かもしれません。
しかし彼こそが、1970年代に すい星のように現れて
間寛平とともに 大阪で革新的な笑いを生み出した天才喜劇役者
〈浪速のバスターキートン〉なのです。

大阪には2つの大きな喜劇の劇団がありました。
人情噺の松竹新喜劇と、爆笑ギャグの吉本新喜劇。

松竹新喜劇は巨人 藤山寛美が泣かせて笑わせる
練りこまれた人情芝居で人気を集め、
吉本新喜劇は労働者、やくざなどが大衆食堂で織りなす
どぎついギャグで人気を集めました。

ただどちらも、まあ舞台の上で普通に歩いて芝居をしていたのです。

そこに現れたのが、当時まだ20そこそこの 木村進と間寛平でした。
彼らは舞台を縦横無尽に使い、書き割りセットだろうがなんだろうが飛び越えて、
体躯の動きとマシンガントークで、大阪の笑いにアクロバットな動きを加えました。
今の人にわかりやすく言うと、明石家さんまがジャッキー・チェンの動きで
笑わせに来る・・・というのが正解でしょうか?

ドリフが、綿密なる美術チームとの連携で、すばらしい立体喜劇を作り上げていましたが、
木村進・間寛平は 時にアドリブでセットの屋根に上ったり、おじいさんの杖で
セットぶち壊したりと 予定調和になりがちだった大阪の喜劇に革命を起こしました。

ただ木村進は1985年ごろを境に、体調を崩してフェイドアウトしていきます
それは 吉本新喜劇冬の時代とリンクしています。

今の吉本新喜劇は、間寛平の薫陶を受けた辻本茂雄座長の勇退とともに
コント世代の小藪座長に主役の座がバトンタッチし、面白さのフォーカスが体躯から
ストーリーに移っています。

長い不在によって忘れられた存在ではありましたが
確実に日本のお笑いに一時代を築いた天才だったと思います。
ご冥福をお祈りいたします。












by AWAchampion | 2019-05-21 03:19 | 映画・演劇など | Comments(0)