2019年 06月 07日
吉崎憲治&岡田敬二ロマンチックコンサート ありがとうございました
2019年6月1日と2日の土日は 私の父 岡田敬二にとって
とても思い出に残る一日になったことでしょう。
『吉崎憲治&岡田敬二 ロマンチックコンサート』がついに行われたのです。
私の父 岡田敬二が演出家として歩み始めたのが1963年
そして演出家デビューが「若者たちのバラード」1967年だったのですが、
まさにその時から今日まで チーフ作曲家として、一貫してお世話になっています
吉崎憲治先生の曲を集めたコンサートが、大阪・梅田にあります
梅田芸術劇場で行われたのです。
私は梅田芸術劇場という劇場は行ったことがなく、どの程度の大きさなのか?
よく知らずに行きました。
行ってみると・・・
実はなんと2000人入るホールだそうで、東京で言うと それこそ日生劇場が1800人ですから
それより大きい劇場なんだそうです。
そこで父の名を冠したコンサートを土日で3回公演とは!
いやぁ…本当にありがたい話です。
中に入ると入口すぐのところに 燕尾服を来た吉崎憲治先生が!
ご挨拶をいたしましたら、「おお、倫太郎君。お久しぶりですね」と相変わらず
とてもたおやかな感じでお答えいただき、握手してくださいました。
今年85歳でらっしゃるそうですが 背筋もピンとされていて
握手していただいた手も ピアニストの美しい指で、
全く年齢を感じなかったです。
で、そのすぐ後ろにハットをかぶった父がおりまして、宝塚OGやファンの方々と
交流を深めておりました。
思い返せば父は 宝塚の大劇場公演でも少なくとも私が覚えている限りでは
「魅惑」あたりからは必ず初日に 劇場の入り口に立ち、お客様をお出迎え&お見送りしていたかと
思います。
私が長男だからよく顔を知っていて、覚えている…というだけではなく
結構そういう演出家の方って、珍しいのではないでしょうか?
おかげさまで キャリアの長さもあって父の顔は宝塚ファンの方の中でも
比較的知られている方だと思います。
この日も本当に数多くの方々に 声をかけていただいていまして
大変ありがたかったです。
このコンサートは宝塚OGの 超大物だったトップスターの皆様が
何人も出て下さったコンサートです。
で、何がすごいって・・・
要するに 【本人】が【その曲】を歌うコンサートだったんですね。
つまり剣幸さんが「ラ・ノスタルジー」「ル・ポワゾン」を
杜けあきさんが「ラ・パッション」を
紫苑ゆうさんが「ラ・カンタータ」を
姿月あさとさんが「シトラスの風」を
そして・・・
なんと瀬戸内美八さんが「魅惑」を歌うんですよ!
えええ!
21世紀に「魅惑のサンバ」を瀬戸内美八さんで聞けるとは思いませんでした
だって1982年正月の作品ですよ!
併演は「ミル星人パピーの冒険」ですよ!
うわぁぁぁ!
それによく知られていることですがロマンチック・レビュー第3作目の
「ラ・ノスタルジー」は父の思い入れが最も深い作品なのですが
残念ながらNHKも関西テレビも当時中継をおこなっておらず
劇団が撮った記録用VTRしかないのです。
それが、21世紀に 本人 剣幸さんの声で蘇るとは・・・
いやぁ・・・鳥肌が立ちました。
息子だから良いでしょう?セットリストも載せちゃう!
いやすごくないですか?
初日と二日目で 出演者が違うので 若干セットリストは違いますが
私がみた 二日目の昼公演では 2時間48曲 びっしりと演奏されました。
演奏はいつも宝塚歌劇団のオーケストラピットで演奏をしてくださっている
宝塚歌劇オーケストラの皆さん
そして指揮は 御年85歳の吉崎憲治先生ご本人がすべてタクトを振ってらっしゃいました。
いや、よく考えてみてください
それぞれ だいたい2~3分はあるんですよ?
それが48曲ですから、2時間公演だと ほぼぶっ通しに近い演奏ですよ。
見てたら譜面をめくるオーケストラの皆さんの顔が鬼気迫る感じで
全く「OGたちが出てきて 近況をたくさん話す 同窓会的なコンサート」 の
ほのぼの感はなく、非常に緊張感のある、コンサートとして素晴らしいものでした。
その吉崎先生の心意気にこたえてか、演出も出演者の人数こそ多くはありませんが
大劇場公演並みの緻密さでした。
そもそも父は 曲を作るときに「この辺で●人踊らせたいから、移動にこのぐらいの
秒数がかかる。だから●小節は抑えめにして、サビでドカンと編成を厚くして・・」みたいな
ところまで初めに吉崎先生と計画して作っていたそうです。
ですから、もともと父の意図が溶け込んでいる曲なので、今回もそれにあわせて
ダンスやコーラス、ライトチェンジが行われ、今見ても劇的な効果があり
さらに当時の大劇場公演のエッセンスも感じられるという
二つの意味で心に響く演出でした。
また、数曲「父の演出ではないけど吉崎先生の代表作」という曲も披露されました。
特に1部の最後 瀬戸内美八さんの「心中・恋の大和路」は
瀬戸内さんがこんなに世話物の男役が似合う人だとは・・というぐらいの
艶っぽさで、さらに曲の演出も
今や「題名のない音楽会」のディレクターとなりまして
ある程度いっぱしの音楽番組ディレクターになった私が
びっくりするぐらいのピッタリのタイミングで ライトが変わったり
雪が降ってきたりして、いまさらながら父の「音楽シーン演出家」としての
凄腕を見た気がしました。
私は父のキャリア 55年のうち 45年ぐらいは見ています。
で、皆さんの岡田敬二像というと 1984年に始めた
ロマンチック・レビューの雰囲気があると思うのです。
でも今回はその前の 父がまだ青年だった時代の曲もいくつか披露されました。
最も古い曲は 1976年の「ビューティフル・ピープル」
父がイギリス研修旅行から帰ってきてすぐの作品で、
父が35歳 吉崎先生は43歳ですかね?の時の作品です。
当時父は「ギンガムチェックの似合う ショー」を志向していまして
曲も、のちの優美な雰囲気ではなく ロックミュージカル系の若々しいもので
時代を感じ、とても懐かしく当時を振り返ることができました。
1970年代の岡田敬二をご存じの方は、
「アメフトのQBとさえない眼鏡のチアリーダーの恋」
「銀色のつなぎを来たスターたちの宇宙的なシーン」
「男役が必ず途中で〝女装”する」など
当時の若々しいショーのイメージがあると思います。その頃の曲も
「ビューティフル・ピープル」「センセーション」など聞けて
古くからのファン・・・としてはそこもうれしかったです。
そして最後の曲の時に 父も舞台に呼び込まれ
めちゃくちゃ照れながら 一曲皆さんと一緒に歌っていました。
父曰く「劇場に演出家が出ていくのはあまり良いことではないから
控えめにしていようと思っていたが、紫苑ゆうが歌わそうとするんだよなぁ・・・」とぼやいていました
まあそういうところも含めて
とても感慨深いコンサートでした。
ツイッターでもいろいろ意見を拝見しました
「この内容ならもっとお金払うよ!」と書いてくださった方もいて
皆様が楽しんでくださったのがよくわかりました。
この前例のない 演出家と作曲家の記念コンサートですが
父に聞くと5年ほど前から 歌劇団に企画を持ち込んで
粘り強く交渉したそうです。
宝塚歌劇団は、私自身も実は取材番組企画を4回持ち込んで
その都度断られているのですが、どうやら新しい企画には慎重な会社のようです。
しかし今回は父の信念が このコンサートを実現させたといえるのかも
しれません。
そしてその思いをくみ取って ご出演いただいたスターの皆様や
スタッフの皆様
そして何より駆けつけて下さった皆様に心からお礼を言いたいです。
ありがとうございました。
by AWAchampion
| 2019-06-07 04:19
| 映画・演劇など
|
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