2024年 02月 07日
色々エンタメを見てます 立川志らく「紺屋高尾」
先日、立川志の輔さんの「志の輔らくご」に衝撃を受けまして、
もともとよく仕事をしていた、立川志らくさんは今どうなっているのか?
ちょっと見てみたくって、ロケの後 渋谷のホールに観に行ってみました。
ご存じの通り 立川談志師匠が、落語協会で柳家小さん門下にいたわけですが
そこから袂を分かって作ったのが落語立川流です。
その立川流になった最初の弟子が志の輔さん、次が談春さん、
続いて志らくさんという順で、この3人が超有名になったわけです。
(年齢は、サラリーマンをやってから入った志の輔さんと、
高卒ですぐ入った談春さん、日本大学芸術学部在学中に入った志らくさんで
バラバラではありますが)
で、志の輔さんはご存じの通り談志師匠の最高傑作。
若い頃からNHKの「ためしてガッテン」の司会者として活躍していました。
志らくさんは昨今はとにかく色んなワイドショーで
右翼っぽい話をする落語家さんのキャラが強いですが、
私が大学生だった1990年代初頭、「ヨタロー」という
深夜番組で、談春&志らくでコンビ「立川ボーイズ」という
モノを結成し、若き二つ目だった志らくさんが
コント作家の才能があったので、傑作コントを連発していた
印象が強烈です。
爆笑問題や浅草キッドが世に出初めの頃、
彼らに漫才の賞レースで勝っちゃったこともあります。
ちなみにその「ヨタロー」は、私がのちに入ることになる
カノックスの制作で、当時プロデューサーだった日留川さんは
のちにわたしが演出をやらせてもらうことになる
「東京ウォーキングマップ」を立ち上げることになります。
で、その縁で真打になった志らくさんに「東京ウォーキングマップ」
に出ていただいて、色々街を歩いていただいたのはいい思い出です。
それから15年以上たちまして、今の状態になった志らくさんは
果たしてどんな落語をするのか?
ちょっと興味がありました。
この日やったのはなんと大ネタ「紺屋高尾」。
これは志の輔さんも談春さんも得意にしていて、特に談春さんがやると
すすり泣く声が場内から聞こえるぐらいの、人情噺です。
内容は、染物屋の職人が初めて遊びで連れていかれた吉原で、
ナンバーワンの花魁、高尾太夫の行列を垣間見て病的に惚れて
食事ものどを通らなくなったので、一計を講じた
ご主人が「3年必死に働いたら、15両やる。それで高尾太夫を
買いにいけ」と言って、やり過ごします。
しかし職人はそれを本気にして、身を粉にして3年働いて
15両を受け取り、そのまま吉原へ・・・。
念願の高尾大夫と会って、自分の身の上を話したところ
それにほだされた大夫が、職人の嫁に来る・・・という
ファンタジーです。
これを志らくさんは、逆にものすごく爽やかな風が吹く
青春ラブストーリー風な演出と語り口でやってのけて
ちょっと驚きました。
映画マニアとして、キネマ旬報などにも連載を持ってた彼ですから
大林宣彦監督の 尾道三部作もかくや・・・という感じ?
または、洒脱なウディ・アレン風に仕上げた感じで
大都会江戸で住まう、若者のハッピーエンドの物語に
していました。
これはこれで、ほ~~。と思いましたし
志の輔さんのようなグッと物語に引きずり込む感じでは
ありませんでしたが、江戸の風が吹く良い落語でした。
少なくとも、要らんことを言いまくる悪コメンテーターの顔では
ありませんでしたね。
これは・・・メチャクチャチケットが取れない
談春さんの落語会も行かなきゃですかねぇ…。
by AWAchampion
| 2024-02-07 22:54
| 映画・演劇など
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