2010年 02月 05日
アントニオ猪木氏 WWEプロレス殿堂入り(再編集版)
アントニオ猪木氏が、世界最大のプロレス団体WWEの制定する
Hall of Fame(名誉の殿堂)入りを果たすことが発表されました。
今年の3月28日に授賞式が行われ、翌日のプロレス界最大の祭典 レッスルマニア26にも
登場するそうです。
そしてインダクター(推薦演説人)は、日本でおなじみスタン・ハンセン!
いやぁ、すばらしいです。
このWWEのHall of Fameは1994年に アンドレ・ザ・ジャイアントの死去に伴い
彼の功績をたたえるために制定され、始めはWWEのOBたちが選ばれていたのですが、
そのうち 他団体やレフリー、リングアナなどプロレスに関わる人々を広く一般に
たたえる賞となりました。
ですからAWAのニック・ボックウィンクルやら、NWAのドリーファンク・ジュニアなども
殿堂入りしています。
年に一度、WWEの所属選手も善玉・悪玉の枠を超えて全員 正装で出席し、
1万人規模のお客さんと共に、プロレス文化を彩ってきた先人達をねぎらう
すばらしい舞台で、特に2008年の、最後のミスターNWAチャンピオンこと
リック・フレアーの殿堂入りは感動的でした。
そんな中で日本人として初めて 今年でデビュー50周年を迎える
猪木さんが受賞されたわけです。
これはプロレス史を知るものなら本当に感慨深いです。
もともと アメリカやヨーロッパで 1910年代ごろから 興行として行われていた
プロレスは、戦後 各州および各国にいる 興行主(プロモーター連合)が
NWA(世界レスリング連合)という統一プロモーションを作り、そこでチャンピオンを
制定しました。
それが、オールドファンには懐かしい、ルー・テーズだったのです。
日本では、力道山率いる日本プロレスがNWAに加盟し、その系譜は
ジャイアント馬場が率いる 全日本プロレスへと引き継がれました。
逆にアントニオ猪木率いる 新日本プロレスは日本を代表するプロモーションとは認められず
猪木は独自で無名の選手だったタイガー・ジェット・シン スタン・ハンセン ハルク・ホーガンなどを
発掘しつつ、「猪木×アリ」戦や、異種格闘技戦など、異端路線を走りました。
そのころニューヨークの一ローカル団体だった WWWFという団体も、統一プロモーションから
脱退し、独自のチャンピオンを制定しました。
そんなWWWFと新日本プロレスは、反主流同志で提携し、藤波辰己・キラーカーン
タイガーマスクと言った日本人スーパースターを作り上げました。
しかしそのWWWFのオーナーを父から引き継いだ ビンス・マクマホン・ジュニアは
新日本とも手を切り、猪木のライバルとして活躍していた ハルク・ホーガンを引き抜き
テレビの力で ショーアッププロレスを作り上げ、全米のプロモーションを一つ一つ潰し
最終的にNWAを崩壊させたのです。
そのころから WWWF=WWEの帝王 ビンスと猪木は犬猿の仲と言われるようになったのです。
そんな二人が恩讐を超え、再び握手する時が来たのです。
ビンスは今回の猪木氏の受賞に際し、次のようなコメントを発表しています。
「アントニオ猪木氏は、日本そして世界におけるプロフェッショナル・レスリングの地位を高めたパイオニアです。
50年にも渡るそのキャリアの中で猪木氏は、全ての素養を兼ね備えた選手そしてプロモーターとしてさまざまな成功を成し遂げ、文化の象徴となりました。
ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンから東京の武道館まで、猪木氏はその類まれなる技術で世界中のファンから称賛を得てきました。
WWEは、プロレス史においてもっとも崇拝され、もっとも尊敬されてきた猪木氏にこの名誉を授与出来ることを大変誇りに思います。」
こんな感慨深いことはありません。猪木さんおめでとう!
Hall of Fame(名誉の殿堂)入りを果たすことが発表されました。
今年の3月28日に授賞式が行われ、翌日のプロレス界最大の祭典 レッスルマニア26にも
登場するそうです。
そしてインダクター(推薦演説人)は、日本でおなじみスタン・ハンセン!
いやぁ、すばらしいです。
このWWEのHall of Fameは1994年に アンドレ・ザ・ジャイアントの死去に伴い
彼の功績をたたえるために制定され、始めはWWEのOBたちが選ばれていたのですが、
そのうち 他団体やレフリー、リングアナなどプロレスに関わる人々を広く一般に
たたえる賞となりました。
ですからAWAのニック・ボックウィンクルやら、NWAのドリーファンク・ジュニアなども
殿堂入りしています。
年に一度、WWEの所属選手も善玉・悪玉の枠を超えて全員 正装で出席し、
1万人規模のお客さんと共に、プロレス文化を彩ってきた先人達をねぎらう
すばらしい舞台で、特に2008年の、最後のミスターNWAチャンピオンこと
リック・フレアーの殿堂入りは感動的でした。
そんな中で日本人として初めて 今年でデビュー50周年を迎える
猪木さんが受賞されたわけです。
これはプロレス史を知るものなら本当に感慨深いです。
もともと アメリカやヨーロッパで 1910年代ごろから 興行として行われていた
プロレスは、戦後 各州および各国にいる 興行主(プロモーター連合)が
NWA(世界レスリング連合)という統一プロモーションを作り、そこでチャンピオンを
制定しました。
それが、オールドファンには懐かしい、ルー・テーズだったのです。
日本では、力道山率いる日本プロレスがNWAに加盟し、その系譜は
ジャイアント馬場が率いる 全日本プロレスへと引き継がれました。
逆にアントニオ猪木率いる 新日本プロレスは日本を代表するプロモーションとは認められず
猪木は独自で無名の選手だったタイガー・ジェット・シン スタン・ハンセン ハルク・ホーガンなどを
発掘しつつ、「猪木×アリ」戦や、異種格闘技戦など、異端路線を走りました。
そのころニューヨークの一ローカル団体だった WWWFという団体も、統一プロモーションから
脱退し、独自のチャンピオンを制定しました。
そんなWWWFと新日本プロレスは、反主流同志で提携し、藤波辰己・キラーカーン
タイガーマスクと言った日本人スーパースターを作り上げました。
しかしそのWWWFのオーナーを父から引き継いだ ビンス・マクマホン・ジュニアは
新日本とも手を切り、猪木のライバルとして活躍していた ハルク・ホーガンを引き抜き
テレビの力で ショーアッププロレスを作り上げ、全米のプロモーションを一つ一つ潰し
最終的にNWAを崩壊させたのです。
そのころから WWWF=WWEの帝王 ビンスと猪木は犬猿の仲と言われるようになったのです。
そんな二人が恩讐を超え、再び握手する時が来たのです。
ビンスは今回の猪木氏の受賞に際し、次のようなコメントを発表しています。
「アントニオ猪木氏は、日本そして世界におけるプロフェッショナル・レスリングの地位を高めたパイオニアです。
50年にも渡るそのキャリアの中で猪木氏は、全ての素養を兼ね備えた選手そしてプロモーターとしてさまざまな成功を成し遂げ、文化の象徴となりました。
ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンから東京の武道館まで、猪木氏はその類まれなる技術で世界中のファンから称賛を得てきました。
WWEは、プロレス史においてもっとも崇拝され、もっとも尊敬されてきた猪木氏にこの名誉を授与出来ることを大変誇りに思います。」
こんな感慨深いことはありません。猪木さんおめでとう!
by AWAchampion
| 2010-02-05 01:29
| プロレス界展望
|
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