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我、魔の山に登頂セリ

さて、先日の七夕の日。久しぶりに休みが取れたので思い切って名古屋に遊びに行きました。

とはいっても日帰り

どこ行きますかね・・・・

ということで・・・

やってきました 喫茶マウンテン
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ここは 知る人ぞ知る 奇食メニューの聖地

(ホットペッパーさんの 喫茶マウンテン記事です)

特に甘口スパゲティシリーズの破壊力は世に知られています。
そこで私もこの高い山に登頂してみようという事なのです

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さて、私が頼んだのは
甘口メロンスパゲティ

やってきましたよ!

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うわぁぁぁぁ

そうです
麺が緑でしょ?麺を食べるとものすごくあま~~いメロンの味が!
なんていうかかき氷のメロンシロップが練りこんである麺と
メロンそのものが 油で炒めてあり
その上にアホみたいに生クリームが乗っているという代物

うわぁぁぁ

こんな感じ
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ひ・・・ひどい

そもそも薄力粉とメロンは合わん!!
というか メロンならまだしも、かき氷のメロンシロップですからね!
それを炒めるかね!!

いやぁ・・・気持ち悪い

ネットには「甘口メロンスパは比較的イケる」みたいな
事が書いてありましたが
そんなことはない!!

修験道の山修行もかくやという
荒行ですよ!

周りを見ると私のように 一人でやってきている
青年が、スマホを抱えたまま「甘口宇治抹茶スパ」の前で悶絶しています。

じ、地獄や・・・

ここはこの世の地獄やで・・・・。


食べましたよ

食べたよ

食後の私

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こうして私は 荒行を果たし
人生の徳を一つまた積んだのです・・・・




喫茶マウンテンの名誉のために言いますと
こういう奇食メニューはごく一部で
どちらかというと 南山大学や名古屋大学の学生向けの
「ドカ盛り」のお店っぽかったです。
横の家族連れが食べていた ピラフは普通においしそうでした

それで思い出しましたが
その昔、私が早稲田大学の学生だった頃 早稲田西門のすぐわきに
「チョコとんかつ」の店があり、
やはり悶絶したのを思い出しました・・・。

あそこは チョコとんとか、キウイとん とかありましたねぇ・・・。

# by AWAchampion | 2019-07-08 21:45 | 散歩 | Comments(0)

ボサノバの神様 ジョアン・ジルベルトが亡くなりました
88歳だそうです。

そこでふと思い出したのですが
私 13年前2006年に東京フォーラムで行われた
日本公演に行っています


2006年11月だったようですね。

その時のことは強烈に覚えています。
なにしろ開園時間になっても さっぱり始まる気配がないんです。
客電も上がったまんま。
「少し遅れます」のアナウンスが20分後ぐらいに流れましたが
状況が分からずざわざわしていると
開演予定時間を50分過ぎたところで
「今、ジョアン・ジルベルトがホテルを出ました」のアナウンス。

会場爆笑ですよ・・・

さすが巨匠

で、そこからは几帳面な日本人スタッフですから
もう実況中継状態

「今 〇〇の交差点付近です」
「今 会場に入りました」
「今 トイレに行きました」
「今 水を飲んでいます」

そして・・・・

ついに御大がステージに現れた時
それはそれは万雷の拍手でした!

この時点ですでに開始予定時間を90分過ぎていました

そこから彼は なんと120分普通にライブをやったんです。

素晴らしい 本当に素晴らしいライブでした

かれの口とギターから あのボサノバの名曲たちが
それこそ糸車で紡ぎだされるように 静かに生まれてくるのです。

いやぁ 感動しましたね。

でも彼の奇行は 冒頭の大遅刻だけではなかったのです。

ジョアン・ジルベルトは
最後の曲を歌い終えたところで ギターに突っ伏して
そこからまた15分 ステージ上で眠ったように動かなくなりました。

普段ならアンコールというところです。
始めは万雷の拍手だったのですが、そのうち
「し、死んだか?」とか「ど、どうしたの?」みたいな
戸惑いの声でざわざわしてきました。

そして拍手が完全に止んで、人々のざわめきも少し収まったころ・・・

彼はスッとおきあがってこう言ったのです。

「僕は町のざわめき、人々の声 そんなものを聴いていた。
 東京・・・この町からは素晴らしい音が聞こえたよ」

そして

♪ BOOM BOOM BOOM・・・・

彼のギターから聞こえてきたのは あの伝説的なメロディ

そう

イパネマの娘だったのです


いやぁ・・・・素晴らしかったですね


巨匠に合掌です・・・。




# by AWAchampion | 2019-07-07 22:45 | 映画・演劇など | Comments(0)

だいすけ&よし 

さて、久しぶりの告知です

◆その1
7月13日 土曜日 テレビ朝日系全国ネット
「題名のない音楽会」は私が演出を担当しました

イル・ヴォーロという3人組のポップスオペラユニットがゲスト
3大テノールの再来といわれる彼らの 力強い歌声をご堪能下さい・・・

なんですけど・・・

なんとゲストに「おかあさんといっしょ」の体操のお兄さんだった
よしお兄さんこと 小林よしひささんが出演!
爆笑をかっさらいます!

◆その2
実は昨日7月5日 横山だいすけさんと
久しぶりに がっつり撮影をしました。
え?何の撮影か?って・・・・そりゃぁ・・・・私とだいすけさんですから
ムフフフ
情報解禁はもう少し先!
震えて待て!!

# by AWAchampion | 2019-07-06 13:04 | 告知 | Comments(0)

働き方改革が進みます

世の中的に働き方改革が進んでいます。
私の修業時代は土日はあんまり関係なかったのですが
今は、テレビ業界は結構土日は休みか、緩めのスケジュールになっていることが多いです。

で、とある制作会社さんでは それまで1番組にたいして
ADさんはエキスパートが1~2人つくという体制で回してたのを
思い切って8時間交代の3交代制にしたところ
全然人が辞めなくなって、結果として良い感じで仕事が回っているそうです。

やはりちゃんと睡眠をとった人がたくさんいれば
普通の判断ができますから・・・。

逆に・・・・
あんまり言いたくないんですが とあるかな~~り評判の悪い老舗番組。
もともといろんな話は聞いていたのですが、
2週間に一人 いろんなポジションの人が辞めまくるという
なかなかの状況。

前近代的なパワハラ気質だと、どうしても「ビジネス」としての
仕事が成り立たなくなるんですよねぇ。

多分視聴率のプレッシャーなどがあって、もともと私たちに見えない上のところから
ず~~っとパワハラ気質なんでしょう。
そうなると、それが玉突き的に撮影現場まで降りてきて、フリーランスやらADさん
制作会社の人間という立場の弱い人が、単にバキ打ちにあう羽目になります。

ドラマの現場とかゴリゴリのバラエティの現場とかも
昔は相当パワハラでしたから、今は二極分化して 貧乏なところほど
パワハラ気質は残っているんじゃないでしょうか?

わたしも弱小ドラマ制作会社の助監督でしたら
若いころは ずいぶんいろんな人に 拳でご指導を受けました。
フリーランスになっている一つの要因といえるかもしれません。

21世紀も20年経ちます。
徒弟制的なところにも 良いところはあると思いますが
ちゃんと睡眠時間をキープして、仕事仲間にリスペクトを示して
仕事をしないと
結局誰もいなくなるってことですよね。



# by AWAchampion | 2019-07-03 02:41 | Diary | Comments(0)

いやぁ・・スケジュールが大変な時に恒例の日記を書こうと思います
今回は6月16日から6月22日!

6月16日(日)  新しい子供番組用の 4分のアニメーションのコンテを5話・1分のアニメのコンテを2話書く
          さらに「題名のない音楽会」7月10日オンエアー回の編集をちょっと始める
6月17日(月)  「題名のない音楽会」ロケのための許可取りのために 足立区まで行く
           ロケをほとんどしない番組なので私が全部許可取りとかする。
6月18日(火)  テレ朝でミュージシャンの方と打ち合わせ その後すぐ構成作家さんと台本打ちあわせ
          7月10日回の編集が進まない
          あきらめて台本の草稿を書き始める
6月19日(水)  浅草でとある取材 その後AD君と打ち合わせ。
          帰ってからノンストップで 編集を自宅で・・・、合間に台本を書いて作家さんに送付
6月20日(木)  ギリギリまで編集しつつ、14時からテレ朝で会議
          とんぼ返りで自宅に戻り本格的に編集
6月21日(金)  ノンストップで編集 その合間に子供番組の小道具を買いに新宿世界堂へ
          いろいろあったが26時にようやくチーフDさんに編集した動画を送付
6月22日(土)  やらなきゃいけないことが溜まっているが、とりあえずメールの返信ぐらいしか出来ない。
          

ん~~~ダウナーな一週間でしたねぇ・・・。

# by AWAchampion | 2019-06-25 01:12 | Diary | Comments(0)

昨日 バスケットボールの八村塁選手が、日本人で初めてNBAのドラフト1巡目に指名されました。
これはとんでもない快挙だと思います。

そこで、ご存じの方もいるでしょうが
NBAのドラフト自体は実は1981年に当時住友金属所属だった 岡山恭崇選手が指名されたのが
たった一度前例としてありました。

彼はご存じの方もいるかと思いますが 身長が233センチ
いまだに日本人最高身長の人物です。

なにしろ八村塁選手(203cm)よりもジャイアント馬場(208cm)よりも25~30センチ高いんですよ!
なんと〝人間山脈”ことアンドレ・ザ・ジャイアント(228cm)よりもまだ5センチ高い!
NBAで中国出身で活躍したヤオ・ミン選手(227cm)よりもたかいんです
そりゃドラフトにかかりますわね・・・。

で、そんな岡山選手と私大学生のころ(1990年ごろ)
地下鉄 霞が関のホームですれ違ったことがあります。

いやほんと、まじめな話。私の目線は彼の太ももの位置でした
彼は住友金属のサラリーマン選手でしたから グレーのスーツを着てらしたのですが
見ると 目の前を巨大な下半身だけが近づいてくる感じ。

「な?なんだ?」

と思って見上げたら まさに真上にお顔がありました
駅のホームなのに 雲間から顔が見える感じでしたよ・・・。

私は高校時代までバスケットボールをやってましたから
当然その時点で岡山選手は日本代表のスターですし
よく知ってましたが、それでも本当にびっくりしたのを覚えています

今は住友金属を定年で離れられ、地方でバスケットボールの普及に努められているそうです


# by AWAchampion | 2019-06-22 14:32 | ビックリしたもの | Comments(0)

予告告知

最近なかなか告知できませんが
7月から8月は怒涛の告知月間となっております

今 どえらいスケジュールになりながら頑張ってます!

7月を・・・震えて待て!!

# by AWAchampion | 2019-06-20 23:15 | 告知 | Comments(0)

私は 1986年ぐらいからひんぱんに東京に新幹線を利用するようになりました。
その時 東京が近づき、まだ停車駅ではなかった品川を過ぎたあたりになると
このチャイム音が鳴っていました





この音は私の「東京へのあこがれ」「大人への階段」的なものも含めて
非常に精神の一ページとして残っています。

今ではTOKIOの曲に代わってしまいましたが
あの曲が何の曲なんだろうなぁ・・・とずっと気にかかっていました。

そしたらひょんな事から 今日知ったのです。

なんとあのチャイム音(東海道新幹線 始発駅 旧チャイム)の
元ネタはこの曲でした


そうです、1985年にボブ・ゲルドフが提唱した
BAND AIDの曲「Do they know it's Chistmas」ですよ!
いやぁ・・・・世代的に大好きな曲で
当然当時12インチシングルも買いましたが、
なんとこの歌の間奏のメロディだったとは・・・・
だいたい2分23秒ぐらいからのメロディが この始発駅旧チャイムなんです!

これ鉄道マニアの方は常識だったのかもしれませんが
結構アレンジされていたので 私は今の今まで気が付きませんでした!

ちょっとした感動です。

# by AWAchampion | 2019-06-15 01:36 | 懐かしいもの | Comments(0)

2019年6月1日と2日の土日は 私の父 岡田敬二にとって
とても思い出に残る一日になったことでしょう。

『吉崎憲治&岡田敬二 ロマンチックコンサート』がついに行われたのです。


私の父 岡田敬二が演出家として歩み始めたのが1963年
そして演出家デビューが「若者たちのバラード」1967年だったのですが、
まさにその時から今日まで チーフ作曲家として、一貫してお世話になっています
吉崎憲治先生の曲を集めたコンサートが、大阪・梅田にあります
梅田芸術劇場で行われたのです。

私は梅田芸術劇場という劇場は行ったことがなく、どの程度の大きさなのか?
よく知らずに行きました。
行ってみると・・・
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うわ!めちゃめちゃ人が並んでいるじゃないですか!
実はなんと2000人入るホールだそうで、東京で言うと それこそ日生劇場が1800人ですから
それより大きい劇場なんだそうです。

そこで父の名を冠したコンサートを土日で3回公演とは!
いやぁ…本当にありがたい話です。

中に入ると入口すぐのところに 燕尾服を来た吉崎憲治先生が!
ご挨拶をいたしましたら、「おお、倫太郎君。お久しぶりですね」と相変わらず
とてもたおやかな感じでお答えいただき、握手してくださいました。
今年85歳でらっしゃるそうですが 背筋もピンとされていて
握手していただいた手も ピアニストの美しい指で、
全く年齢を感じなかったです。

で、そのすぐ後ろにハットをかぶった父がおりまして、宝塚OGやファンの方々と
交流を深めておりました。
思い返せば父は 宝塚の大劇場公演でも少なくとも私が覚えている限りでは
「魅惑」あたりからは必ず初日に 劇場の入り口に立ち、お客様をお出迎え&お見送りしていたかと
思います。
私が長男だからよく顔を知っていて、覚えている…というだけではなく
結構そういう演出家の方って、珍しいのではないでしょうか?
おかげさまで キャリアの長さもあって父の顔は宝塚ファンの方の中でも
比較的知られている方だと思います。
この日も本当に数多くの方々に 声をかけていただいていまして
大変ありがたかったです。

このコンサートは宝塚OGの 超大物だったトップスターの皆様が
何人も出て下さったコンサートです。
で、何がすごいって・・・
要するに 【本人】が【その曲】を歌うコンサートだったんですね。

つまり剣幸さんが「ラ・ノスタルジー」「ル・ポワゾン」を
杜けあきさんが「ラ・パッション」を
紫苑ゆうさんが「ラ・カンタータ」を
姿月あさとさんが「シトラスの風」を
そして・・・
なんと瀬戸内美八さんが「魅惑」を歌うんですよ!

えええ!
21世紀に「魅惑のサンバ」を瀬戸内美八さんで聞けるとは思いませんでした
だって1982年正月の作品ですよ!
併演は「ミル星人パピーの冒険」ですよ!
うわぁぁぁ!

それによく知られていることですがロマンチック・レビュー第3作目の
「ラ・ノスタルジー」は父の思い入れが最も深い作品なのですが
残念ながらNHKも関西テレビも当時中継をおこなっておらず
劇団が撮った記録用VTRしかないのです。
それが、21世紀に 本人 剣幸さんの声で蘇るとは・・・

いやぁ・・・鳥肌が立ちました。

息子だから良いでしょう?セットリストも載せちゃう!

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いやすごくないですか?
初日と二日目で 出演者が違うので 若干セットリストは違いますが
私がみた 二日目の昼公演では 2時間48曲 びっしりと演奏されました。

演奏はいつも宝塚歌劇団のオーケストラピットで演奏をしてくださっている
宝塚歌劇オーケストラの皆さん

そして指揮は 御年85歳の吉崎憲治先生ご本人がすべてタクトを振ってらっしゃいました。

いや、よく考えてみてください
それぞれ だいたい2~3分はあるんですよ?
それが48曲ですから、2時間公演だと ほぼぶっ通しに近い演奏ですよ。

見てたら譜面をめくるオーケストラの皆さんの顔が鬼気迫る感じで
全く「OGたちが出てきて 近況をたくさん話す 同窓会的なコンサート」 の
ほのぼの感はなく、非常に緊張感のある、コンサートとして素晴らしいものでした。

その吉崎先生の心意気にこたえてか、演出も出演者の人数こそ多くはありませんが
大劇場公演並みの緻密さでした。

そもそも父は 曲を作るときに「この辺で●人踊らせたいから、移動にこのぐらいの
秒数がかかる。だから●小節は抑えめにして、サビでドカンと編成を厚くして・・」みたいな
ところまで初めに吉崎先生と計画して作っていたそうです。

ですから、もともと父の意図が溶け込んでいる曲なので、今回もそれにあわせて
ダンスやコーラス、ライトチェンジが行われ、今見ても劇的な効果があり
さらに当時の大劇場公演のエッセンスも感じられるという
二つの意味で心に響く演出でした。

また、数曲「父の演出ではないけど吉崎先生の代表作」という曲も披露されました。
特に1部の最後 瀬戸内美八さんの「心中・恋の大和路」は
瀬戸内さんがこんなに世話物の男役が似合う人だとは・・というぐらいの
艶っぽさで、さらに曲の演出も 
今や「題名のない音楽会」のディレクターとなりまして
ある程度いっぱしの音楽番組ディレクターになった私が
びっくりするぐらいのピッタリのタイミングで ライトが変わったり
雪が降ってきたりして、いまさらながら父の「音楽シーン演出家」としての
凄腕を見た気がしました。

私は父のキャリア 55年のうち 45年ぐらいは見ています。
で、皆さんの岡田敬二像というと 1984年に始めた
ロマンチック・レビューの雰囲気があると思うのです。

でも今回はその前の 父がまだ青年だった時代の曲もいくつか披露されました。
最も古い曲は 1976年の「ビューティフル・ピープル」
父がイギリス研修旅行から帰ってきてすぐの作品で、
父が35歳 吉崎先生は43歳ですかね?の時の作品です。

当時父は「ギンガムチェックの似合う ショー」を志向していまして
曲も、のちの優美な雰囲気ではなく ロックミュージカル系の若々しいもので
時代を感じ、とても懐かしく当時を振り返ることができました。

1970年代の岡田敬二をご存じの方は、
「アメフトのQBとさえない眼鏡のチアリーダーの恋」
「銀色のつなぎを来たスターたちの宇宙的なシーン」
「男役が必ず途中で〝女装”する」など
当時の若々しいショーのイメージがあると思います。その頃の曲も
「ビューティフル・ピープル」「センセーション」など聞けて
古くからのファン・・・としてはそこもうれしかったです。

そして最後の曲の時に 父も舞台に呼び込まれ
めちゃくちゃ照れながら 一曲皆さんと一緒に歌っていました。

父曰く「劇場に演出家が出ていくのはあまり良いことではないから
控えめにしていようと思っていたが、紫苑ゆうが歌わそうとするんだよなぁ・・・」とぼやいていました

まあそういうところも含めて
とても感慨深いコンサートでした。

ツイッターでもいろいろ意見を拝見しました
「この内容ならもっとお金払うよ!」と書いてくださった方もいて
皆様が楽しんでくださったのがよくわかりました。

この前例のない 演出家と作曲家の記念コンサートですが
父に聞くと5年ほど前から 歌劇団に企画を持ち込んで
粘り強く交渉したそうです。

宝塚歌劇団は、私自身も実は取材番組企画を4回持ち込んで
その都度断られているのですが、どうやら新しい企画には慎重な会社のようです。
しかし今回は父の信念が このコンサートを実現させたといえるのかも
しれません。

そしてその思いをくみ取って ご出演いただいたスターの皆様や
スタッフの皆様
そして何より駆けつけて下さった皆様に心からお礼を言いたいです。
ありがとうございました。














# by AWAchampion | 2019-06-07 04:19 | 映画・演劇など | Comments(0)

先日公開された「空母いぶき」を見てきました。

これはモーニングで今も連載されている かわぐちかいじ作の漫画が原作で
日本の空母が 第三国に襲われて、いやおうなしに戦闘状態に投げ込まれた・・・
その時どうする?

というシミュレーション・ウォー小説の作品でした


監督は若松節郎さん。私がお世話になることが多い 共同テレビのエース監督として
長い事知られていましたが、今はフリーでフジテレビ系のドラマを中心に撮っていらっしゃる
生粋のテレビドラマ監督です。

主演は西島秀俊と佐々木蔵之介
かなり男臭い(まあ軍隊ものですからね)映画ですが
本田翼が、たまたま空母の取材で乗り込んだ webニュースの記者ということで
出てきています。

ストーリーは原作とずいぶん変更されているそうです。
原作は 与那国島が中国軍によって占拠され、日本が
それを奪還するために 外交的戦略を立てつつ、空母いぶきを現場に向かわせて
自衛権を行使する。
しかしそのためには多くの「覚悟」が必要であった・・・というお話のようです。

で、映画はというと
近年 フィリピンルソン島あたりを根城とする 東亜連邦という国家を名乗る
集団が表れて、太平洋の国境を再画定しようと画策していた。
そんななか、日本の領土である 初島(架空の島です)に東亜連邦の船団が
上陸。日本領土を占領する形となった。そこで日本政府は空母いぶきを中心とする
船団を派遣し、終戦以来初めての戦闘状態に陥る

というかなり改変したストーリーになっていました。

見た感想はちょっと複雑です。
単純に 日本の自衛隊が交戦するというミリタリー趣味の側面については
知らないことも多いので「へ~こういう兵器があるんだ」とか「こういう風に指揮するんだね?」
みたいな ミリタリー初心者へのわかりやすい「海上自衛隊ハウツー」としては
面白かったです。

ただ、「シン・ゴジラ」の手法というか、戦闘状態の背景で日本の法律・憲法下で
なんとか国を守るためにギリギリの選択を迫られる政治家・官僚たちがメインで描かれる・・・という
構図がなんともおさまりが悪い気がしました。

「シン・ゴジラ」は意図的に膨大なハンコをもらわないと弾丸一発も打てない日本の政治システムというのを
徹底的に取材したうえでリアルに表現しつつ、こういうやり方なら国難を防げるよ?という
解決策まで見せたという映画でしたが
この作品は、そこまで踏み込んだんだろうか?という疑問が残ります。

また「シン・ゴジラ」は、まあゴジラ映画ですから戦争状態に突入することというよりも
「日本に3発目の核爆弾を落とさせない」という人間ドラマとして描かれており、まあそれは
日本人の心の中にある正義として理解できる気がしたのですが
今回の「空母いぶき」は 何度も「最低限の戦闘しかしてはいけない。相手の護衛艦に決定的な
ダメージを与えるのではなく、砲台やミサイルをピンポイントで狙って、相手の人命を失わないように
反撃せよ!」という指令が出ます。

「戦闘と戦争は違う。」

これがこの映画のキーワードで、公開前に佐藤浩市さんが「気弱で腸の弱い首相役の役作りをした」と
発言してちょっと右っぽい人の間で炎上しましたが、
確かにこの映画の思想に沿うのであれば、最後までためらう 悩み続ける総理像は
演技プランとしては正解だと思いました。

なんですけど…

戦力の暫時投入というのは、最もダメな作戦だという事は昔から言われてきましたし
最近ではAIによる ゲームシミュレーションの場面でも よくそういう場面が出てきます。

つまり、初めに敵の数を見誤ると 局地戦で負けるので 負けた分だけ ちょっとずつ兵力を投入していく・・・
すると結局ずっと 相手よりも戦力が少ない状態がキープされるので、
ドカンと戦力を増やさない限り
ただこちらが無駄に人が死んでいく・・・という理論です。

これは旧日本軍というか、元寇ぐらいからの日本のダメな伝統とも言えます。
ミッドウェー海戦も インパール作戦も 乃木大将の旅順攻防戦も とにかく1対1的な
事にこだわって、戦力を劇的に増やさなったことによる 戦略上の無駄死にが
多くの悲劇を生みました。

この映画はまさにそれが繰り広げられて、どんどん窮地に追い込まれますが、
いろんな偶然から 一応ハッピーエンドに結びつきます。(まあ映画ですからね)

しかしこれは日本国内としては「正義」に入るのかもしれませんが、
実際それで海上自衛隊の兵隊さんが亡くなる描写も出てくることを見ると
むしろ「こういう 憲法の守り方の描写はかえって誤解を招くのでは?」との
思いを強くしました。

ウォーシミュレーション小説として、これは甘いのでは?
というモヤモヤがものすごく残って、ストーリーとしては疑問符がたくさん頭の中に
浮かび上がる結果となりました。

ただ、途中出てくる斉藤由貴はとてもかわいらしくて
御年50歳とは思えない感じで そこは楽しめました・・・。





# by AWAchampion | 2019-05-31 23:44 | 映画・演劇など | Comments(0)