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TMCの門番 今昔案が閉店

東京では数多くのテレビ番組が作られています。
皆さんは それがテレビ局の中のスタジオで撮影されているとお思いでしょうが
意外にそうではないのです。

確かにNHKは渋谷の放送センターの中に 多分大小30個以上のテレビスタジオがあり
全部その中でまかなえるのですが、例えばフジテレビの場合
あの有名な局舎のなかには ニューススタジオを含めて6つ?とかしかなく
そのうち2~3は朝の帯番組のためにセットを立てっぱなしで、
他の番組が入ることがなかなか出来ないのです

で、フジテレビなら湾岸スタジオ、TBSなら緑山スタジオ
日テレなら生田スタジオという風に、別館を持っているのですが 
それとは別に 
東京・世田谷区砧(きぬた)に TMC東京メディアシティというスタジオが
あります。

ここは昔映画の 新東宝がスタジオを持っていた場所で、そこがテレビスタジオに
業態を変化させて、大小7つのスタジオが入っています。
しかも管理が フジテレビ2つ・TBS2つ・関西テレビ系2つ・国際放映1つという
局もバラバラで、しかも貸しスタジオなので 関テレ管轄のスタジオで
テレビ朝日の番組を撮っても良いという場所なので、様々な局の様々な番組がここで
撮影されてきました。

代表的なのが フジテレビのSMAP×SMAPですね。

そうなると、スタジオの前にはアイドルの追っかけファンが山のようにやってきます
でも、貸しスタジオですから、意外に警備が緩く、中に入ろうと思えば入れちゃったり
しました。

そこでそのTMC入り口脇にある 喫茶店『今昔案』のマスター 福田さんが
門番のように仁王立ちして、テレビ業界人やタレントと、一般人を見分けるという役目を
いつしか果たすようになったのです。

この福田さん、ホントに業界の津々浦々まで知っていて
どの番組がどのぐらい今押してる?とか、どこの番組のプロデューサーが変ったとか
全部知っていました。

で、私もADさんの頃『料理バンザイ!』がこのスタジオで収録でした。
私はチーフADさんでしたから、殆ど今昔案で打ち合わせとかと言う事は無く
ただただ、走り回っていたのですが、福田さん・・・福チャンは顔を覚えて下さって
いつも「お!料バン撮影どうだい?押してる?」と声をかけてくれていました。
撮影は隔週1回ですから、2週間に一回しか来ない番組の
自分の店に来ないADの顔を覚えていたと言うことですね。

それから4年後 今度は『セサミストリート日本版』のために月に10日は
TMCで撮影することになり、私は演出として加わりました。
するとどうでしょう?
「お!料バンからずいぶん出世したね!おめでとう!」
と声をかけてくれるじゃないですか?
いやぁ~ビックリしましたね。

セサミでは私はかなり頻繁に今昔庵を使いましたから
色々お話しする事も出来ました。

そんな調子で 私の世代のテレビマンは局や制作会社を超えて
とても多くの人が彼に顔を覚えてもらって、『業界人認定』してもらい
いろんな事を教わりました。

それこそ木村拓哉氏を「タクヤ!」、上戸彩さんを「アヤ!」と呼び捨てに出来る
喫茶店のマスターは彼ぐらいしかいません。
私がセサミで仕事してたときは、たまに志村さんとか和田アキ子さんといった
超大物がお茶飲んでました・・・
よくとんねるずが 番組でネタにしていましたね。

正直彼はちょっと変わり者でしたが、若いテレビマンを本当にかわいがってくれました
(逆に一応 一般の人も利用できたそうですが、相当けんもほろろに追い返されたらしく
 ネットでは悪評が多いですね)

その今昔庵、先週閉店したそうで
テレビでも報じられましたね。最後行けば良かったなぁ・・・。




by AWAchampion | 2019-02-13 06:32 | 懐かしいもの | Comments(0)

成人式の思い出

今日は成人式だったようですね。
日本各地でいろんな行事が行われていたんだと思います

私が成人式を迎えたのは1991年でした。
すでに19歳で早稲田大学入学のために 東京に出てきていて
その頃は杉並区に住んでいました。

だから出身は兵庫県宝塚市なんですけど
当然? 杉並公会堂に向かいました。

でも、そりゃ19歳から1年間しかいない土地ですから
成人式の会場に知ってる人がいるわけもありません。
まあそれでもイイやと思って家を出たのですが
あまりに疎外感が強く・・・というか要するに公式同窓会なんですよね?
だから 式典に出ずにすぐ新宿で映画を見て帰りました。

当時から思ってた事なんですが、20歳になって中学生とか高校生の時の
完成性をそのまま引きずって一緒に飲み慣れない酒を飲むなんて
どう考えたって 気分が大きくなって暴れたりするじゃないですか?
でも成人式は大人になった個人個人の物で良いんじゃ無いか?
東京ならそういう感じなんじゃないか?と思っていたんですが
今思えば私がその成人式に行った頃の杉並区は、そういう感じでは無かったんですね。

で、ず~っとその時見た映画は「タイタニック」だと思っていたのですが
タイタニックはそれから6年後 1997年の公開なんですね・・・

じゃあ何を見たのでしょう?
調べると 1991年1月15日に封切りになっていたのは
「ワイルド・アット・ハート」(デビット・リンチがカンヌを取った作品でしたね)
「大誘拐」(岡本喜八監督の痛快刑事物ですね)
なんです。

両方封切りで見てますし、その頃は映画を1本だけ見て帰るということは
殆ど無く、必ず名画座とハシゴしていたものです。
とはいえ 多分この2本のうちのどちらか?か
両方 この日に見たんだと思います

なかなか記憶は定かじゃ無いものですねぇ


by AWAchampion | 2019-01-13 22:51 | 懐かしいもの | Comments(0)

私は今は子ども番組については作り手として
在野のオーソリティとなりましたが
個人的な子ども番組体験としては やはり フジテレビ系の
「ピンポンパン」「ひらけ!ポンキッキ」で育った世代です。

しかしもちろんその頃NHKの「おかあさんといっしょ」もやっていて
そこで、私はいつもうっすら「赤いクマがいた」と言うのを覚えていました。

それを私は45年間ほど ブーフーウーだと思っていたのです。
しかし今は便利な時代になりましたね。
Twitterで、とあるツイートが流れてきました。
そこには
あの 赤いクマが・・・・

なんと渋谷のヒカリエで展示されているというじゃないですか!

行ってみたら・・・
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いた!!!
いました!この子です

この子の名前は ヤンヤンムウくん
なんと 人形作家の川本喜八郎さんが私ぐらいの年で手がけた作品だったそうです

懐かしいなぁ!
泣きそうになりました

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なんでも1973年~76年まで放送されていた「ヤンヤンムウくん」は
のちにのっぽさんと呼ばれる事になる高見映さんらが出演していた
テレビ番組だったそうですが
当時 2インチテープは とても高価で、使い回しが原則でした
そこで あの東洋一のNHKアーカイブスにも 1分も残っていないそうです
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こういう絵本も持ってたなぁ・・・

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いやぁ・・・懐かしかった
君に43年ぶりにあえて とても嬉しかったよ


by AWAchampion | 2018-11-03 00:03 | 懐かしいもの | Comments(0)

20年ぶりに・・・・

昨日とある番組の編集がありました。
その番組は レギュラー番組で、基本的には赤坂にある編集所で行われるはずなんですが
その編集所が改装工事中で「別の編集所を2ヶ月借り上げているんですよ。」と言われ
青山三丁目のワタリウム美術館の近く、キラー通り沿いの編集所を紹介されました。

北青山のキラー通りは CM系の会社は多いですが あんまりテレビ系の会社はありません。
なので「ずいぶん珍しいところにあるなぁ・・・それこそ20年位あの辺行ってないけど
かつてはずいぶん通ったなぁ」と思っていました。

というのは、私が修業時代を過ごしたカノックスのADさん時代。
まる1年経ったところで、テレビ朝日「料理バンザイ!」チームにチーフADに抜擢され
(と言いつつ、当時の私はドラマの助監督さんをやりたかったので左遷だと思ってました)
毎週 取り立ての免許でハイエースを運転して 通った編集&MAスタジオが キラー通り沿いに
あったのです。

地図を見ながら「わ~この辺良く来たなぁ」と思いながら歩くこと10分

ん?

あれ?

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こ、これは・・・・

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その20年前に通った編集所じゃないですか!!!

でももらった地図の名前は違うよ?
ガラスにはビジョンユニバースと、当時の名前が書いてあるけど・・・
エクシードという会社だと聞いて来たのですが・・・。

と、あたふたしてたら 中から職員さんが出てきて
「どうしました?」
とお声がけされました

かくかくしかじか
私は20年ぶりにここに来て・・・
カノックスという会社で・・・
料理バンザイ!と言う番組で!

すると

マジっすか!
うわ~

と今度は向こうのかたが大喜び。
どうやら当時から残っていた方だったそうです。

詳しく話を聞いてみると、社長さんが代替わりされて、名前を変えられたらしく
初めは私は分からなかったんですね。

それにしても・・・

わ~この路地に良くハイエースぶつけたなぁ・・・
わ~このロビーで良く怒られたなあ
わ~このMA室で ナレーターのケイ・グラントさんに「ヤングシェークスピア」と
あだ名つけられたなぁ・・とか
いろんな事を思い出しちゃいました

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懐かしいですねぇ
20年後こんな再会をするとは 当時の僕は分からなかったですよ

by AWAchampion | 2018-07-17 22:05 | 懐かしいもの | Comments(0)

Three Lions

私がイギリス留学中 既に何年か滞在していて人生で最もバキバキに英語が話せた頃に
イングランドで流行っていた サッカーイングランドチーム応援歌
「Three Lions(スリーライオンズ)」が彼の地でリバイバルヒットしているらしいです


いやぁ・・・なんか嬉しいですね
望郷の念すらあります。

歌は 1996年のユーロ選手権の際に BBCでサッカー番組を持っていたコメディアンが
作っただったと思います。
♪母国 イングランドにフットボールが戻ってきたよ
 ボクらは 今まで何度もやられて、うちひしがれてきた
 だけど いつも心の中には 1960年代にワールドカップで優勝した時の
 栄光があるんだよ
 僕たちが着ているイングランドチームのユニフォームには 3匹のライオンがいる
 ボクらは30年間も夢みてきた
 フットボールが母国イングランドに帰ってくることを 

みたいな歌詞です

で、確か96年のユーロ大会は イングランド対スコットランドなんてのも実現して
たまたま私はそれを、スコットランドで見たりして、とても面白かったのを覚えてます。
イングランドはポール・ガスコインとかアラン・シアラーが攻撃陣 GKはデビット・シーマンでした

で、イングランドチームは確かベスト4まで行って、ドイツにPKで負けたんじゃなかったでしたっけ?
DFのサウスゲートがPK外したのを覚えてますよ。

なんか色々懐かしくなってきました.
青春の思い出ですねぇ。






by AWAchampion | 2018-07-09 18:38 | 懐かしいもの | Comments(0)

ドキドキの映画番組

1980年代中盤にレンタルビデオが普及するまで
映画は映画館かテレビで見るものでした

とくに民放各社は21時~23時に洋画枠をもっていて
月曜日の「月曜ロードショー」荻昌弘 (TBS系)
水曜日の「水曜ロードショー」水野晴郎(日本テレビ系)
土曜日の「ゴールデン洋画劇場」高島忠雄(フジテレビ系)
日曜日の「日曜洋画劇場」淀川長治(テレビ朝日系)と
それぞれ 映画解説者の個性とともに 人気番組だったのです

そんな中、たま~に 土曜日の「ゴールデン洋画劇場」や
日曜日の「日曜洋画劇場」で 
フランスやイタリア、それにアメリカの
ちょいエロ映画を放送することがありました

その代表格がフランス映画「エマニエル婦人」だったり
イギリス映画「チャタレイ婦人の恋人」
さらにはアメリカ映画「初体験・リッチモンドハイ」「ポーキーズ」
そして、イタリア映画の「青い体験」などでした
あ、イスラエル映画「グローイングアップ」なんてのもありましたね

今から思えば21時という 比較的浅い時間に
ガッツリポルノのエマニエル婦人を流すというのも 結構豪気な事だと
思いますが、当然 当時10歳になるかならないかの私は
その日は主に母に追い立てられるようにして 寝るように言われたものです。

中でもなぜか「ゴールデン洋画劇場」はイタリア映画の
「青い体験」が好きで 何度も何度も放送していました



子供でもラテ欄を見れば、これがエッチな映画だと分かります
ですから 80年代も半ばになると テレビが自宅に複数台ありましたから
そ~~~っと「青い体験」を見たものです
特に大体 9時45分ぐらいがエロシーンの最高潮辺りかな?と踏んで
そ~~~っとイヤホンつきで見たものです

で、時代はめぐり
いまや その「青い体験」もDVDを買える時代になりました
そこで知ったのですが
あの「青い体験」の撮影監督は 
なんと「暗殺の森」「ラスト・タンゴ・イン・パリ」「地獄の黙示録」で
おなじみ
巨匠中の巨匠 ヴィットリーオ・ストラーロ その人だったのです!



えええ!ストラーロ?
映画撮影の神様ですよ!

何してんねん!イタリア人!

笑いましたねぇ。

これはDVD買ってみないと駄目ですね(笑)



by AWAchampion | 2016-09-14 23:28 | 懐かしいもの | Comments(0)

ずうとるびの思い出

笑点の新しい司会者が決まったということなどを
聞いてあることを思い出しました

私の父は私が3~4歳の一年間 文化庁の派遣でイギリスにおりました。
父が帰ってきて半年後ぐらいのこと・・・・
父「倫太郎はどんな歌手が好きなんだ?」
私「○○○○!」
父「おお!ビートルズか?何の曲だ?」
私「LOVE TRIP!」
父「ん?そんなのあったかな?」
私「スカイミントの歌!」


そう、その頃私が好きだったのは ビートルズではなく、ずうとるびだったのです

それを知った父の絶望の顔といったら・・・・(笑)

年代で言えば1975年ぐらいのことですから
ビートルズ解散直後ですからね。

私のほうは どうやらそのころ例の今は座布団を運んでいる山田君が
抜けたあとのアーチスト路線ずうとるびのファンだったようです

とはいえ曲も何もまったく忘れていたのですが
最近you tubeを見ると その頃の後期ずうとるびの姿も見ることが出来ます

するとちょっと思いました・・・
父が絶望するほど趣味が悪いわけでもなかったのでは?



確かにビートルズと比べちゃうとアレですが、山田君が抜けたあとのずうとるびは
近田晴夫さんなどにプロデュースされて 4人編成の男性ボーカルユニットになっていて
ちょっとコモドアーズとかみたいな、ファンクでR&Bな感じになっていたのです。
当時のフォーリーブスなんかも、そういう曲調だったりするから はやってたんでしょうね
それはそれでありだったんだなぁ・・・と今では思います(笑)



by AWAchampion | 2016-05-23 02:40 | 懐かしいもの | Comments(0)

千鳥饅頭の思い出

千鳥饅頭をご存知でしょうか?
東京・巣鴨にある老舗和菓子屋 千鳥屋総本家が作っている
こういうお饅頭です
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なかはこんな風に 少し乾いた感じの
白あんが入っています
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私はこの千鳥饅頭に深い思い入れがあります。
この千鳥屋総本家は私の母 泰子の実家のすぐ近くにありました
そこで、母方の祖母が折りに触れて我が家に送ってきていたのです。
ですから、この千鳥饅頭は私の幼少期 常に我が家にあったのです。

これにはわけがありました
私の父が私の母の実家に「娘さんを下さい」というお願いに行ったとき
祖母は父に、「我が家のすぐ近くにあるお饅頭屋さんのお饅頭ですよ」と
このお饅頭を出したそうです

すると父は一個食べるなり「なんて美味しいんでしょう!さすが巣鴨!さすがこちらのお宅は
良いものをご存じ!」と喜んで褒めちぎったそうです
それ以来祖母は「敬二さんが好きだから」と何かにつけて我が家にこの千鳥饅頭を
送ってきたというわけなのです。

でも・・・私が覚えている限り自宅でこのお饅頭を父が食べている姿は記憶にありません。
まあその理由は、父が結婚した年齢よりも20年近く年長になった私にはよくわかります。
父は私と似てお調子者ですからね。
得てして「よいしょ!」と太鼓をたたき過ぎる時があります
私も今日 地方でご老人相手のロケをしていて、ビックリするほど太鼓をたたいていましたからねぇ・・。
父と子は似てくるものです。


なぜそんなことを思い出したのか?

実はこの千鳥屋総本家が不渡りを出したそうで
今日のヤフーニュースに載っていました
大人になってから確かに私も食べていないなぁ・・・。
こんなことならもう一回ぐらい食べておけばよかったなぁと思っている所です。


by AWAchampion | 2016-05-16 23:36 | 懐かしいもの | Comments(0)

スマイル ¥0

先日 ロケで大阪に行く機会がありました
一人でJR大阪駅から阪急梅田駅まで歩いていると
そこにマクドナルドを見かけました

あのマクドナルドだ・・・・
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そこで30年前のある夏の日を思い出しました


当時私は中学三年生
梅田に一人で買い物に出かけていました

「お腹が空いたし、のどが渇いたなぁ」

しかしサイフには500円しかありません

そこでふとこのマクドナルドを覗いたら・・・




「スマイル ¥0」




ん?

スマイル?

メニューに載っていて タダのもの・・・・

・・・・・

水のことかな?

こじゃれた言い方で 水の事をスマイルって言うのかな?

でも・・・

どう考えてもスマイルってほほえみの事だし。

でも・・・

スマイルって目薬もあるから 液体の事をスマイルって言うのかな?

でも・・・

もし水じゃないのに 「ハンバーガーとスマイル下さい」って言って
笑われたら・・・

でも・・・

のど乾いた





と、この店の前を右往左往して
自問自答する事 40分

最終的に諦めて電車に乗って宝塚に帰りました


そんな事を思い出してしまいました


あの時「スマイル下さい」って言ってたら
その後ネタにしたんだろうなぁ (笑)





by AWAchampion | 2015-10-30 08:59 | 懐かしいもの | Comments(0)

初めてのバイトの思い出

今週号の週刊SPAの表紙に
「パンチラ危険地帯を探せ」みたいな記事のキャッチコピーが載っていました

バカだなぁ…

と、おもいつつも 私は25年前のある出来事を思い出しました。

1990年、平成2年
私は都内W大学の一年生として、東京から出てきたばかり
映画研究会に入って既にほぼ部室に入りびたりの生活をしていました

と、ある日 
友人の原口くんが「ねえ、いいバイトがあるんだけど、一緒にやらないか?」と
部室で誘ってきました。

当時バイトをやったことが無かった私は
「な、なんだろう?家庭教師かな?」

等と思い

聞いてみると…

「いや、映画研究会の先輩の上野さんがSPAの
ライターをやってるんだけど、その下調べらしいんだ…」

なんと週刊サンケイから新しくなった 
超イケてる雑誌SPAの
ライターのバイトというじゃないですか!

東京スゲェ!
夢のマスコミ人だ!

おお!

もちろんOK

時はバブルです
夢のマスコミ人!雑誌ライター

これはザギンのチャンネーとシースーパターンか??

「俺…田中康夫になれるのか?」

とか思いましたねぇ…

で、

その内容とは…

『都内パンチラスポットを探せ』

だったのです。

あらら…

ええ。

いきましたよ博多出身の原口君と 兵庫県宝塚市出身の岡田君が
ぴあから出てた『ぴあMAP』持って

「俺、こんなことするためにW大に入ったんじゃないのになぁ」

で、
●東京駅10番線
●サンシャインシティ階段
●サンシャイン60展望台
●江東区市民図書館 付設市民プール

などなど数多くのスポットを視察。

一時間で何人のパンチラが見られるのか?みたいな
レポ書きましたよ…とほほほ

採用されたら5000円というバイトで、一人5000円もらったので
原口君と合わせて2か所採用されたんですかね?

これが私の初バイトとなりました…

ダメだこりゃ…




by AWAchampion | 2015-05-26 13:49 | 懐かしいもの | Comments(0)